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翌朝はいつも以上に早起きだった。この一ヶ月だらだらな生活を送っていた僕にとってはこれ以上ない苦痛だ。煮えたぎる思いがなければできなかったに違いない。
アパートを出て、最寄りの駅へと歩いていく。一ヶ月ぶりに浴びる日の光はとても眩しく感じた。太陽の光によって分泌したセロトニンが僕に活力を与えてくれる。まるでお天道様が祝福してくれているかのようだった。それもそのはずだ。悪徳を美徳とする腐った世界を彼が許すはずがない。彼女の間違いだろうか。まあ、どっちでもいい。
淡々と歩くと思いの外早く駅へと辿り着いた。残高のわからないICカードを改札に通し、ホームへと歩いていく。どこに行こうが、行きの改札は無料だからありがたい。
平日朝のホームは予想通り多くの人で賑わっていた。賑わうという表現はおかしいか。彼らはみんな負のオーラに包まれている。大部分の人間はこれから憂鬱な生活を送るに違いない。
電車はすぐにやってきた。二、三分おきにやってこないと皆を行き先まで送り届けられないのだ。朝のこの時間は人も乗り物も忙しない。
電車内に入ると左右にある出入り口のちょうど真ん中の位置に移動する。いつもならこんな位置は使わない。座席のある位置まで行った方が窮屈さが少なく済むからだ。だが、今日はいつもとは目的が違うためこの位置で止まる。
圧迫されるほどの大勢の人で電車内は埋まる。皆が皆、同じ時間に登校・通勤するように設定するとは、上の者はなんて馬鹿なんだろう。仕方がない。彼らは怠惰という悪しき習性を持っているのだから。それでいて傲慢だからどうしようもない。
やがて電車の扉が閉まる。だが、すぐにまた開いた。どうやら飛び込みで入ってきた人間がいたみたいだ。本当、上以外の人間も怠惰だ。上を見て育つからそうなる。
電車の扉が再び閉まった。今度は開くことなく電車はゆっくりと走り出す。
さて、悪徳を懲らしめるための儀式の始まりだ。僕は革ジャンのポケットに入れた飴缶型の容器を取り出すと地面に落とした。中から薄橙色の液体が溢れていく。
「君、何してるんだ?」
怒鳴る者、逃げる者、無視する者、いろいろな人たちが僕の行動にリアクションする。でも、この窮屈な電車内に逃げられるところはない。
ほんの少ししか空かない隙間。嫌悪な表情を浮かべる者が多い。その中で一部のものは変な匂いに気がついた。彼らがその匂いが何なのかを閃く前に僕はもう一つのポケットからあるものを取り出す。
「君、何をする気だ!?」
先ほど怒鳴った人がもう一度怒った。だが、今度の叫びには恐怖が混じっていた。仕方がない。こんなものを見せられたら怖くなるのも当然だ。
僕は片方の口角をキッとあげる。そして、蓋を開いた『ライター』に火を付けるとガソリンの広がった床に落としていった。
美徳を唱えながらも、悪徳を持った人間が上に行ってしまう腐った世界への報復だ。この事件をきっかけに己の在り方を改めよ。愚かな人間たちよ。
ライターはガソリンの敷かれた床に落ちるとその炎の勢いを一気に強めていった。それはまるで僕の中にある憤怒の炎を映し出したかのようだった。
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