そんなことする人ではなかった

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 高校へと進学して一年半が経過した。  今日のホームルームは二学期中間考査の成績表を担任から渡される時間だった。  順番が回ってきたので、席から立ち上がり、先生の元へと歩いていく。受け取るときの一礼を忘れず、差し出された書類を手にした。  成績表には各教科ごとの得点とクラス・学年順位が出され、最終的な合計点とクラス・学年順位も算出されている。これを見れば、この学校における自分の立ち位置を把握することができる。  二つ折りにされた書類の中身を覗くことなく席につく。一息吐き、精神を落ち着かせてから書類の折り目に両手をかけた。  そのタイミングでクシュっと紙が握り潰される音が聞こえた。騒がしい教室の中で響く微かな音だからか、隣にいた僕以外には誰も聞こえていないようだ。  目だけゆっくりに隣に向けると、綾野くんが受け取った成績表の折り目の部分を右手で握り潰していた。彼の視線は自分の机にはなく、横三席離れた窓側の席にいる藤浪くんに向けられている。  藤浪くんは綾野くんの鋭い視線に気づく様子はなく、授業が早く終わらないかなと退屈そうな表情で欠伸をしていた。  握り潰された成績表から見える彼の順位はクラス・学年ともに二位だった。おそらく藤浪くんが今回の考査もクラス・学年共にトップであったに違いない。二人は不動の学年ツートップであり、二人の順位も不動であった。今まではこんなに怒りを顕にしたことがなかったので、今回はよっぽど自信があったのだろう。  綾野くんは秀才肌でいつも真面目に授業に取り組んでいる。ノートは上下二つに分けて、先生の板書と自分の気づきをそれぞれ書いている。隣から見える彼のノートの書き方は綺麗でありながらも個性的であった。  反対に藤浪くんは天才肌でいつもおちゃらけている。先生の話を聞かずに窓の外を眺めている。最初は注意されていたものの、考査で満点に近い点数を取ってから先生は注意しなくなった。不真面目な態度で臨んでいる彼がなぜ満点近く取れるのか不思議でたまらない。テスト期間中も昼休みは運動場でサッカーをしており、真面目に勉強している姿は見たことがない。彼は天才という言葉でしか表現ができないのだ。  真面目で努力家の綾野くんが不真面目でおちゃらけた藤浪くんに嫉妬を抱くのは当然だ。こういうのを見ると世の中は不平等なんだなと思わされる。  そういう僕のクラス順位は十七位、学年順位は百八十二位とちょうど中間の順位に位置している。いつも通り一生懸命取り組んでこの順位なのだから、誰に嫉妬することなく、ただただ満足していた。 「ねえねえ」  後ろから背中を指で突っつかれる。思ってもいなかった行動に、反射的に体がビクッと動く。振り返ると後ろの席にいた早見さんが僕に対して驚きの表情を見せていた。それも束の間で、僕との視線が合うと不敵な笑みを浮かべた。 「ビックリしすぎでしょ。猫みたいだったよ」 「いきなりそんなことされたら誰でもビックリするって。それで、どうしたの?」 「ああ、そうそう。成績どうだった?」  僕は両手に持っていた成績表を片手に変え、早見さんへと近づけた。彼女は前のめりになって顔を近づけてきた。茶髪から流れるシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。 「あー、まじかー、惜しいー」  早見さんはあからさまに悔しい表情を見せながら僕へと自分の成績表を見せる。  クラス順位は十八位で、学年順位は百八十四位だった。成績勝負は僕が僅差で勝利した。 「でも、前回からかなり上がったね。確か前はクラス順位が二十一位で、学年順位が二百三位じゃなかったっけ?」 「そうなの。よく覚えてるね。じゃあ、成績の向上勝負では私の勝ちかな?」 「そうなるね」  早見さんは片手でガッツポーズを決める。嬉しさが隠し切れなかったようだ。僕は彼女を朗らかな笑みで眺める。  僕に嫉妬は似合わない。どんなことがあっても人への慈愛を忘れてはいけない。だって、それが人間にとっての美徳なのだから。
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