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地方国公立大学の合格を決め、大学生になった。
「嬉しいことに、今年もたくさんの学生が入会してくれました。今年度も文化祭やオープンキャンパス、それとお楽しみ会など色々なイベントを開催していきます。今日の新歓もその一つとなりますので、みなさん大いに楽しんでください。それでは、乾杯!」
サークルリーダーである先輩が高らかに声を上げると、テーブルに座るサークルメンバーは手元にあったジョッキを掲げ、一斉に飲む。ほとんどの学生がビールや酒を飲んでいる中、僕は炭酸飲料を飲む。二十歳以上ではないのだから仕方がない。
大学では『イベントサークル』に入会を決めた。特にやりたいスポーツや文化はなかったので、楽しいキャンパスライフを送れそうなサークルを選んでみた。
「おいおい、なんだ、ビール飲まねえのか?」
ジョッキをテーブルに置くと、向かって右に座る大学四年生の近藤先輩が声を掛けてきた。彼の握ったジョッキを見るとすでに空になっている。さっきの乾杯でビールを一気に飲み干したらしい。
「すみません。まだ二十歳ではないので」
「飲んだところでバレねえよ。せっかくの新歓だぜ。お前もビール飲めよ」
「すみません」
「ちっ。真面目だな。先輩の言うことを聞けねえ奴は社会で通用しねえぞ。上司とか、取引先とかはノリのいいやつが好きだからな」
先輩は店員が持ってきたジョッキを受け取るとすぐに飲み始める。社会の作った法律を守った人間が社会で通用しないとはおかしな話だ。とはいえ、そんなことは先輩相手に言えるはずもなく僕は頭をかきながらペコペコする。
「そういえば、先輩。就職先は決まったんですか?」
二人で話していると(主に僕が一方的に説教を受けているだけだが)、右隣にいた宮下先輩が近藤先輩に声を掛ける。近藤先輩は三杯目のビールを飲み干し、「プハー」と息を大きく吐いた。テーブルに肘をつき、前のめりになって宮下先輩を見る。酔いが回っているのか顔が真っ赤に染まっている。
「そりゃ、もちろん。俺を誰だと思ってる。一流企業に内定が決まったよ」
「まじですか! 流石先輩ですね!」
「それほどでもねえよ。お前も来年は俺に負けないくらい頑張れよ。まあ、無理だろうけどな。はっはっは!」
「書類選考とか、面接とかってどうやって答えたんですか?」
二人の先輩は酒を交わしながら、就職活動について話し始めた。僕にとってはまだまだ遠い未来の話なので、目の前にあるおつまみを食べながら片耳程度に聞く。
「ねえ君、見ない顔だけど、新入生?」
食べている最中、一人の女性がそう言って僕の肩を叩く。見ると知らない学生が僕の左隣に割って入ってきていた。水色のカーディガンの中に白のキャミソールを着ている彼女。天然なのか、意図的なのかカーディガンを着崩しているため、肌の露出度が高い。香水の強い香りが鼻腔をくすぐる。右側の髪を耳にかけているためか、金色のイヤリングから視線を下げるとうなじが垣間見える。男子の性的欲求を刺激する淫らな女性だ。
「新入生の鳳です。よろしくお願いします」
彼女の容姿を眺めていると、いけないことをしているような気がしてきたので、軽く挨拶する。
「私は立川。今年で大学三年生よ。よろしくね、鳳くん」
立川先輩はテーブルに肘をつくと、まじまじと僕の顔を見つめてきた。可愛い先輩に見つめられたからか気恥ずかしさを覚える。
「あんまり女性慣れしてない? ふふっ。初心な子ね。嫌いじゃないよ」
色っぽい唇を動かしながら僕の目を見て話す。彼女の目は丸っこくて綺麗だが、瞳の奥には肉食動物が獲物に向けるような鋭さが伺える。思わず、ゴクリと唾を飲んだ。
「おい、立川。先輩を無視して後輩と話しているんじゃねえよ」
すると、近藤先輩が怒気を飛ばすような声を上げる。彼の方に顔を向けると四杯目のジョッキを片手にこちらを見ていた。もしかすると五杯目かもしれない。
「また後でね。私も定期的にサークル行事に参加するからその時はよろしく」
立川先輩は近藤先輩を無視して僕に一言告げると、そのまま自分の席と思しき場所へ帰っていった。どうやら、二人の仲はあまり好ましくないようだ。
「お前、嫌な奴に目をつけられたな」
近藤先輩はジョッキに入った残りのビールを飲み干すと、何事もなかったかのように僕に声をかける。見た目通りメンタルが強いのか、何回もされているから慣れているのか、ただ酔って感覚が鈍っているのか、いずれにせよ無視されたことをあまり気にしていない様子だ。
「まあでも、お願いしたらやらせてくれると思うぜ。あいつはビッチだからな。お前も立川で卒業したんだったか?」
不意に投げかけられた質問に宮下先輩はどう答えていいのか分からず、頭を掻きながら照れるような仕草を見せる。その動作でなんとなく答えは分かった。近藤先輩は「ふっ」と拙い笑い声を漏らすと、ジョッキをテーブルに勢いよく置いた。
「大学生のうちは色々と経験することだろうよ。もし、お金に困ったら、その時は立川にお願いするんだな。俺も一時期はそうしてた。はっはっは」
酔いが完全に回っているようで近藤先輩は下品な話を大声でする。立川先輩が無視するのもわかる気がした。彼女の方へと顔を向けると、何事もないかのように女友達と話に耽っている。メンタルが強いのか、慣れているのか、酔っているようには見えないので、どちらかだろう。いずれにせよあまり気にしてはいない様子だ。
傲慢な先輩に、色欲な先輩。どこに行っても、悪徳は必ず存在するんだな。
やがて新歓は終わりを告げ、幹事以外の学生は外へと出た。未だに夜は冷え込むので、まだ春は始まったばかりだと思わせられる。
外に出た学生は二次会に行くかどうかで盛り上がりを見せていた。
「鳳くん」
先輩たちの会話を一番離れた位置で見ていると、立川先輩が隣にやってきた。彼女もお酒が入っているのかほんの少し頬が赤かった。それが彼女の色っぽさを増加させていた。
「この後、二人で飲み直さない?」
彼女はそう言って、僕の袖を親指と人差し指でつまむ。先輩の話に、どう返そうか悩んでいるとスマホに通知が入った。送り主には果南と記載されている。
「すみません。カノジョにお呼ばれしたので、自分は帰ります」
理由を作って断ると先輩は「そっ。カノジョいたんだ」と興味をなくしたかのように冷たい声で返事をした。いたたまれない雰囲気に心苦しくなり、「お先に失礼します」と一言置いて逃げるように駅に向かった。
僕は悪徳に魂を売るようなことはしたくない。純潔で忠義に接する。美徳こそが僕のアイデンティティなのだ。
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