そんなことする人ではなかった

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「どうしたもんか……」  串カツを片手に、僕は肘を突きながら部屋の角っこを見て考えに耽る。  新入社員が配属されて早一ヶ月。僕の部署に来た子は一人で、その子の面倒は僕が見ることとなった。  この一ヶ月間、色々なことを教えてきたのだが、彼はまるで聞いていないかのように僕の言ったことを全く守ってくれなかった。電話の応対、メール文・各書類の書き方、報連相のやり方、どれをとっても未熟なままだ。  未熟なのはまだいい。入って間もないのだから至らない点があるのは仕方がない。  それでも、ちゃんとやろうと努力はして欲しかった。一度注意されたことをもう一度やってしまうなんて問題外だ。一年前の僕ですら彼よりはいくらかマシだろう。もし彼が富岡さんの元で働いていたなら、毎日激怒されていたことに違いない。寛容な僕だからまだ我慢することができている。彼には感謝してもらいたいものだ。  串カツを頬張ると残り半分になったビールを一気に飲み干す。 「鳳、前よりもよく食べるようになったよな。がたいも良くなったし」  向かいに座る山中くんは僕の食べっぷりを見て笑みを溢す。負けじと彼も串を横にして一気に二切れ口に運んだ。 「食べなきゃやってけないよ。毎日がストレスだからさ」 「ようやく俺の気持ちをわかってくれたか。そうよ。人間、食事と睡眠と性行為は十分にやらないとな」  山中くんは大きな声で店員さんを呼ぶと、ビール二杯と串カツ、モモ、カワを注文する。  彼の言うとおり、食べるようになってからがたいが良くなった。正確には、太ったと言うのが正しいのだろう。彼なりの気遣いだ。体重は前よりも二十キロ増え、見た目もかなりふっくらした。この前、カノジョに『太ったね』と言われた時は流石に応えた。それでも食べることをやめなかったのは、今の僕にとって暴飲暴食はストレス解消に一番だったからだ。美味しい物を食べている時は嫌なことを全部忘れられる。 「それにしても、お前も大変だな。確かにあいつは曲者だ。注意しても反省する顔を一切見せないし」 「まったくだ。反省の表情を見せなくても、注意点を直してくれればいいけど、それすらもやってくれないからな。ありゃー、てんで使えないな」 「毒舌だね。酒で酔ったか。まあ、こう言うお前も嫌いじゃないがな。はっはっは」  二人とも三、四杯は飲んでいたからか酔いが回って口が止まらなかった。自分の中にふつふつと湧いた感情を押し止められず、つい口走ってしまう。 「そういやさ、俺、来年から都内への異動が決まったんだ」  飲み会も終盤に差し掛かった時、山中くんはお水を飲みながらしんみりと話す。 「都内って、新しく事務所ができる場所?」 「そっ。そこのオープニング社員として働くことになったんだ。前にやっていた企画がうまくいって、課長に『ぜひ』って頼まれたんだよね。昇格ってやつなんかな」 「そっか。おめでとう」  口では祝福を告げたが、内心は穏やかではなかった。まさか同期の山中くんが僕よりも先を行くなんて思いもしなかった。  どうしてお前が。そう思った感情は喉にでかかったが強く押し込んだ。飲み会終盤に言ってくれて助かった。酔いが完全に回っていたら、口走っていたに違いない。 「ありがとう」  山中くんは僕の虚言にすっかり騙され、得意げに感謝する。その姿に何だかとてもイライラしてしまった。
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