第1話

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第1話

 聖陰歴一九七六年。  アルスター帝国、帝都ウォルテア。  富裕層が数多く集まる帝都に位置しながら、治安の悪さは帝国トップクラスと言われるダラム通りにその店はあった。  今にも崩れ落ちそうなほど傾いた屋根とこれ見よがしに飾られる何者かの骸骨。外観からして怪しさ漂うこの店に好き好んで足を踏み入れる人間はそう居ないだろう。だが、それは一般人に限った時の話。  どんな商売も需要と供給を満たさなければ経営が立ち行かないように、ここにも当然客は来る。 「……なぁ。最近ずっと気になってたんだが、店の前にあるあの骨、何なんだ?」 「あぁ、あれかい? あれはね、退魔の骸骨だよ。最近は物騒だからねぇ」  出されたコーヒーカップに口をつけつつ問いかけたのは、賞金稼ぎで生計を立てるフリーランスの男。名をアーヴィー・ディナードという。  相対するのはこの店をたった一人で切り盛りしている女主人、イヴ・セイデリアだ。 「退魔? 退けるどころか引き寄せてんだろ」  事実、あの骸骨が設置されてからというものイヴには災厄が降り注ぎ、逆に客足は遠退いている。だがイヴは頑として譲らず首を横に振った。 「言っておくが、撤去なんてしないよ。あれは私の趣味も兼ねているんだ」 「……」  アーヴィーはダラム通りに店を構えるこの女が今なお五体満足でいられる理由が漸く分かった気がして息を吐く。スラム街に居座る女など飢えた男のいい餌だと常々思っていたのだが、これでは手を出されるどころか嫌厭されさえするだろう。 「……まぁ、その話題は一旦置いておくとして。仕事の話をしようぜ、イヴ」 「お、やる気になってくれたのかい? 嬉しいね。誰も引き受けてくれなくて困ってたんだよ」  イヴは自分用のマグカップを長テーブルに用意すると今朝発行されたばかりの新聞紙をアーヴィーに手渡した。 「難攻不落、SS級ダンジョン現る、か。どこの新聞社もセンセーショナルな話題で盛り立てようと必死だな」 「そりゃそうさ。売れなきゃ大損だからね」  至極当然なイヴの言葉は軽く受け流し、アーヴィーは暫し黙考する。  アルスター帝国は世界有数のダンジョン大国だ。国内には数千個ものダンジョンがひしめき合い、さらにそれを攻略するギルドや冒険者パーティーなどがしのぎを削っている。  そして、今から凡そ二週間前新たなダンジョンが国境付近に発見された。当初はA級難易度として公表されたこのダンジョンに、ランク上位を占める攻略組は次々と挑戦。だが。 「……実際に突入した二十七組、百三十八人のギルドメンバーが消息を絶ったというわけだ」  その後、ダンジョンには厳戒態勢が敷かれ王族指揮の下、攻略作戦が敢行されることとなる。選抜されたのは先祖代々王家に忠誠を誓い続けるヴァレアスの一族。これまで数多のSS級ダンジョンを攻略してきた当主を筆頭に、彼の部下もまた歴戦の強者揃いだった。 「結局、この作戦でも攻略は失敗。生き残ったのは錬金術師、セバスカル・フォン・ヴァレアスと降霊術師の姉弟のみ。他は当主を含め戦死した」  アーヴィーの流し読みする新聞記事を覗き込みながらイヴが口を開く。 「いよいよ切羽詰まったお偉方は君のようなフリーランサーにも依頼を出したが、そっちも全滅。上層部揃って頭を抱えているというわけさ。ちなみにこれは公にされていない裏情報だよ。賞金稼ぎなんてのは大抵が犯罪者だからね」 「……確かにな」  アーヴィーはイヴの発言を否定しない。 「それで、俺に依頼したいのはこのダンジョンの攻略か?」 「流石、話が早くて助かるよ。けれどより厳密に言うならば、これは攻略任務じゃないんだ」 「……と、言うと?」 「……このダンジョンに眠る宝を見つけ、持ち帰ってほしい。なに、君なら出来るさ。アーヴィー・ディナード」  これから死地に飛び込もうという若人に対して、あまりにも軽薄すぎる口調と態度。だが、それこそがダラム通りを取り仕切る女主人の持ち味であるとアーヴィーは理解していた。 「いいぜ。その依頼、受けてやるよ」
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