第3話

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第3話

 探索初日の夜は何事もなく明け、アーヴィーは結界に守られたダンジョンの一角で目を覚ます。昨晩、小一時間ほどかけて敷設した魔法陣は正常に作動しアーヴィーの魔素を完全に遮断していた。 (昨日はほとんどモンスターに遭遇しなかったな。今日はもう少し魔素濃度の濃い場所まで行ってみるか)  結局、昨日交戦になったのは早々に出会した蜘蛛型モンスターとその後捕捉された蝙蝠型モンスターのみ。SS級ダンジョンとしては異例とも言える遭遇率の低さだ。 (とりあえず今日中に東側の探索を終わらせて……。余裕があるようなら西に移動しつつ寝る場所の確保もしねぇと……)  脳内で計画を立てながら立ち上がったアーヴィーは携行食の袋を開けて歩き出す。あえて魔導具が強力な魔素反応を示した西エリアは後回しにした。 (まずは鉱山だな。魔素と相性の良い鉱石でも見つかればいいんだが……)  洞窟型ダンジョンにはアメジストやルビーなどが多く発掘される場所もある。ギルドでは、それらを総じて『鉱山』と呼んでいるのだ。錬金術師や魔術師にとっては宝の山そのものである。  しばらく石畳の廊下を歩き続けあらかじめ目をつけていた扉の前に立つ。鉄扉の隣には数千年前の古代文字で意味深な文章が綴られていた。 『力の源眠る石。聖者に施し強欲には極刑を』  つまり、欲張り過ぎるなということだろう。と、安直に結論付けたアーヴィーは鉄製の扉に手を掛けた。だが、耳障りな金属音を立てながら辛うじて開いた鉄扉はアーヴィーが手を離した瞬間ひとりでに閉まってしまう。 「……は?」  一拍遅れて自身が閉じ込められたことに気が付いたアーヴィーは思わず背後の扉を振り返った。その視線の先には鍵穴が一つあるのみで、他に扉を開けられそうなものは何もない。 「参ったな……」  簡単に鍵穴を調べたアーヴィーは早々に諦めると手に付着した埃を払った。最悪の場合は三節詠唱の攻撃呪文(アサルトスペル)で扉ごと吹き飛ばせばいい。防御魔術も同時に展開しておけば死ぬことはないはずだ。中々に物騒な想像だが実際にアーヴィーはこの方法で何度か強行突破に成功している。 「分析(アナライズ)」  アーヴィーが足を踏み入れた鉱山内には既に人が手を加えたような形跡が多く残っていた。足元に転がっている鉱石を一つ拾い上げ低級の解析魔術をかけてみる。 「……トパーズか。悪くはないが、加工が難しいんだよな」  アーヴィーの作成する魔導具にはアパタイトやムーンストーンなどが適しているのだが周辺には見当たらない。仕方なく歩を進め十分ほど歩き続けると石畳の上に広がる血痕が目に入った。 「っ!」  咄嗟に腰のホルスターへ手を伸ばし息を整えて魔素を練る。激しく脈打つ心臓を理性のみで制御し、生唾を飲み込んだ。派手に飛散した血液は数メートル先の床まで届き、構築途中の魔法陣を穢している。 (……落ち着け、付近に術者の姿はない。なら、死体をモンスターに持ち去られたか? だとしたらこの魔法陣は……)  再び解析魔術をかけて現場検証を始めたアーヴィーは不可解な状況に首を傾げた。死体を引き摺った跡はなく、かといって衣類の類も見当たらない。食い散らかされたにしてはあまりにも綺麗すぎる。 (見たところ、あの魔法陣は簡易的な工房を作成するためのものだ。採掘した鉱石を使って、魔導具でも作ろうとしたのか……)  構築途中の魔法陣にはルビーやサファイアなどの鉱石が触媒として設置されていた。使用している水銀の量を鑑みても大規模な錬成だったことが窺える。 (体外に漏れ出た魔素を探知されたんだろうな……)  練達の魔術師が初歩的なミスによって命を落とすのは、前線ではよくあることだ。アーヴィーは魔素の込められたアパタイトを魔法陣から取り出し解析しながら歩き出す。その時だった。 「……ッ?」  狭い洞窟内に反響し、何者かの声がアーヴィーの耳朶を打った。
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