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食べられる時に食べて、寝たい時に寝て、やりたい時にやる。
やる、というのは種を保存するための、地球上の全生命体が営む、アレのことである。
そして、それを三大欲求を満たすという。
そのどれが一番大事な欲求なのか。それは、時と場合による。
しかし時々、寝食を忘れて何かに没頭するとき、その3大欲求の優先順位が極めて低くなり、時として徹夜、時として飲まず食わずなんてこともある。
性欲に至っては、セックスレス社会と呼ばれる昨今であれば、あまり珍しいことではない。
ある日、釈迦に憧れた若者が、欲をすべて断つことを、解脱することだと解いた書物に出会う。
彼は、文献を漁り、様々な修行を試すことにする。
滝に打たれてみたり、お堂にこもってみたり、絶食をしてみたり、
己の体に対して、異常なまでにストレスをかける。
しかし、悟りは開かれなかった。
悟とは何なのか?
一周回ってわからない。
居酒屋の暖簾をくぐり、日本酒をぐびぐびと煽る。
20kgくらい減った体重は、あっという間に元に戻ってしまった。
痩けた修行僧のような表情は、再び都会に生きる、ギラギラした目つきの若者であることを取り戻していた。
そこで気がついた。
世俗の欲を断つとは、腹一杯食べ、寝たいだけ寝て、そしてアレを致すことに、迷いがなくなることだと。
つまり、悟りということそのものは、人間が神に達しようとする欲そのものであり、その境地に達しようとして、様々な修行をはげむ、その行為こそが、欲を絶たぬ証なのである。
「ついに悟った!!」
若者は、その日からありったけの金を注ぎ込んで、酒場や高級レストランに入り浸り、日夜食べ・飲み、そして自堕落に暮らした。
ある日、若者が住む1Kの間取りの部屋に、母親が覗き込みにくる。
部屋中、飲みかけのビール缶や酎ハイの缶、ウィスキーのボトルや、コンビニ弁当の食べかすなどが散乱していた。そして何か匂う。得体の知れない獣が住んでいるかような匂い。
母親は鼻をつまみ。そして鞄からハンカチを取り出して口に当てる。
部屋が暗いのはカーテンが締め切られているからではない。
雨戸がしっかりと、一個しかない窓を閉め切っていた。
プラゴミや、空き缶の群れをかき分けながら、雨戸を開ける。
綺麗な景色が広がっている。
満々と水をたたえた湖が、キラキラと太陽光を弾き返しながら、波打っていた。
「か・・・かぁさん。」
修行僧のように長い髭をはやし、ボサボサとのびた白髪混じりの、ひどい髪質の髪。
彼は布団を抱え込むように、ランニングシャツと、トランクス姿で、横たわっていた。
母親は何も言わず、1Kの部屋に備え付けられた、キッチンに向き合う。
電磁調理器にスイッチを入れる。
カバンの中から、肉や玉ねぎ、じゃがいもなどを取り出す。
放置されたままに使われていない包丁を見つける。
鍋を戸棚の奥から引きずり出す。
開け放った窓から心地よい風が入ってくる。
母親は、鍋を火にかけると、ゴミ袋を鞄から取り出して部屋を掃除する。
空き缶を拾いあつめ、瓶と分別して片付ける。
プラごみをかきあつめ、カビの生えた残飯を袋に移す。
汗を拭いながら30分もすると部屋は綺麗になった。
丁度、キッチンでタイマーが鳴り響く。
母親は、部屋の隅に立てかけてあったテーブルを取り出して、その上に鍋敷きを置く。
そこに煮上がった鍋を置いた。
彼は布団から起き上がり、母親が皿によそってくれた肉じゃがを頬張る。
「皿はなんでこんな変な形のものばかりなの?」
「オークションで買った」
「もっと普通の皿を買えばいいのに」
「普通って何?」
「またその話ね。常識とか普通とか、あんたは嫌いだったね」
彼の頬を涙がつたう。
「どうしたの?」
「美味しい。今まで俺が食べてたご飯はなんだったんだ。」
「何いってるのかしら ははは。単なる肉じゃがよ。」
「美味しい・・・美味しい・・」
彼はがっついて、肉じゃがを食べる。
そしてあんなに大量に鍋いっぱいだった肉じゃがをすべて平らげた。
「こっちに帰ってきたら?」
母親がいう。
「うん・・。少し考える。」
「そう。また来るわね。」
母親はそう言い残して去り際に、肉じゃがの作り方のレシピをメモ帳に書き記して置いて行った。
つまり、悟りとは。
ゴミをゴミ置き場に運び、
そして風呂に入り、髭を剃った。
しばらく行っていない美容院に連絡を入れた。
生まれ変わるとは。
(終わり)
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