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 「もう消えちゃおうかな……」  ハッピーニューイヤーとはとても言えない気持ちだった。防寒着の中にも1月の寒さがジンジン伝わって来る。  天野寧々は集団ストーカー被害に遭って、何年も苦しんでいた。工作員の手で統合失調の烙印も押されている。誰に相談しても『精神科に行け』と言われるだけ。  その通り精神科に通い、薬を飲んでるのに、体調はどんどん悪化し、働けなくなり、生活保護を受けざるを得なくなっていた。  晴れた日の14時、彼女が買い物帰りに踏切を横断。遮断器の下りる場所で踏切を渡り終わった老婆達が団子になって井戸端会議を始める。後ろに寧々がいるのを知らんふりしてる。  「通してください」  老婆達がゲラゲラ笑って無視をする。寧々は踏切を渡りきれず、歩道に出られなくなった。遮断器が閉まり始める。電車が来たら寧々はジ・エンドだ。  ここが自分の消える場所だ――  寧々の脳裏にそんな言葉が浮かんだ時だった。  「どけ、クソババア」  寧々の後ろから声がして、踏切の中に飛び込んできた青年が、老婆達を蹴倒していた。  お年寄りを転ばせるのは相当危ないし、こう衆目のある場所だと、青年の方が罪を被せられるだろう。  寧々は閉じきった遮断器を青年と一緒にくぐった。直後に電車が豪速で通過していく。間一髪だった。  老婆達は倒れてうんうん唸っている。重症の人もいそうだ。  「ありがとう……でも、やり過ぎですよ」  「あなたの命と、ばーさんの健康は天秤にかけられないよ」  青年はしれっと答えた。  「君、ちょっと話がある」  近くの白バイ隊員が青年を呼んだ。  「暴行容疑だ。署まで来てもらうよ」  その時だった。  「こんにちは! ブルーフェニックス報道部、有吉小夏です!」  カメラを持った巻き髪の女性が現れる。美人とは言いきれなかったが、弾ける笑顔の可愛い人だった。  「ここの踏切、上空からも、四方からも撮影済みです! すでにインターネットに動画投稿してまーす! 白バイ兄様、どっちが加害者かも、わからないんですか?」  インターネットと聞いて白バイ隊員が顔色を変える。  「来たくないなら来なくていい。救急車はこちらで呼んでおく……」  「さあ、皆さん! 白バイ兄様を応援しましょう!」  有吉が白バイ隊員を困らせている間に、青年は、寧々の手を引いて、その場を後にした。踏切近くの広場に着くと、二人はどちらからとも言えず足を止めた。向かい合う。  寧々が改めて見ると、彼は寧々と同じ20代くらいで細身長身、見事な全身バランスの持ち主だった。一緒にいるとドキドキしてしまう。  「お名前、教えてくださいますか?」  「御門凪」  彼は答えた。  「ブルーフェニックスって、何だかご存知ですか?」  青年が顎に手を当てて考えている様子。  「まあ……劇団ピタみたいなもんじゃない?」  「劇団ピタ? 劇団ピタに報道部が?」  ますますわからない。  「まあ、そのうちわかるから」  彼は大型猫の赤ちゃんのように笑った。そのあと、寧々の耳元で囁いた。  「まだ消えたら駄目」  どどっと、突風が吹いた。寧々が顔を覆った手をおろした時、青年の姿はなかった。
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