ありあまるほどの、幸せを

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「まさか。勢いがついては危ないからと階段を上り下りする時は使用人に声をかけるようには言われていますが、その他については何も。どの部屋に行こうと、外に出ようと、公爵は気にしません」  書斎にもルイの私室にも自由に入って良いと言っていた。入る気はまったく無いが。 「なら、時々は外へ出て太陽の光を浴びないと。……アシェル、ここに怖いものは無いよ?」  ピクリと、膝の上に乗せていた指が跳ねる。小さく息をついてアシェルはゆるく首を横に振った。 「窓もありますから、太陽の光は浴びていますよ。それにこのお屋敷はとても広いですから、閉塞感もありません。充分に快適です」  古くからある公爵家だが、この屋敷は歴史を残しつつも充分に新しく美しい。まるで城のように美しいという意味で居心地は悪いが、おそらく世の中の貴族というい貴族は瞳を輝かせ、あるいは己もここまで上り詰めたいと羨望を抱くだろう。使用人も礼儀正しく、不快な思いをしたこともない。 「弟の出不精を咎めれば良いのか、公爵やこの屋敷の人たちがアシェルに良くしてくれていることに喜べば良いのか悩みどころだね」  兄としては頭の痛いことだ、とジーノが眉間を揉んだ時、城に予定を確認しに行っていたソワイルの執事が静かに戻ってきた。
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