ありあまるほどの、幸せを

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「お待ち申し上げておりましたジーノ様、アシェル様」  僅かのズレも無く詠唱のように出迎えの言葉を告げた彼らの几帳面さに苦笑しながら、ジーノは先に降りるとアシェルを抱きかかえ、エリクが用意した車椅子に乗せた。ほんの一瞬であったが、兄の胸に抱かれて、ルイとはどこか違うな、とぼんやり思う。もっとも、武芸は嗜む程度のジーノと、毎日剣を振るっているルイを比べること自体が間違いなのだが。 「奥の間で王妃殿下がお待ちです。どうぞこちらへ」  侍従の一人が車椅子を押そうとしたのをエリクが止め、彼自身が車椅子を押しながらゆっくりと奥へ向かう。私的な訪問だからだろうか、侍従たちは人目を避けるような道を選んで歩いているようで、先導されなければ道に迷ってしまいそうになる。  城にもこんな道があったのかと内心驚いていれば、突き当りの部屋の扉を侍従がノックし、中からの返事を待つことなく扉を開いた。 「どうぞ、お入りくださいませ」  恭しく頭を下げる彼らにひとつ頷いて、ジーノと共に中に入る。そこは広さこそさほど無いが趣味の良い応接間で、可愛らしい花柄の椅子に淡い桃色のドレスを纏ったフィアナが腰かけて待っていた。
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