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「あのね、現実では違うんだ。」
事実を口にすれば、前に進めるような気がした。風凛くんの体を離して言うが、彼の顔を見上げることは出来ずに、ピアノの鍵盤柄のキッチンマットを見つめる。
「あ?現実?」
「私はプロポーズされないの。風凛くんは私の親友の梨衣乃と結婚する。赤ちゃんが出来て。だから私達、別れるんだ。」
風凛くんは持っていたフライ返しを落とした。ぷるぷると震えている。顔色が一気に悪くなった。
「バカなこと言うなよ・・・いくら夢で見たんだとしても・・・俺、叶未がいない人生なんて考えらんねーし、しかも叶未を裏切るなんて。そんなことしたら俺は俺を許さねえ。」
風凛くんの震えは今度は怒りから来るものに変わったようで、目には怒りの炎まで見えるようだ。そんな彼の姿に、なんだか吹っ切れた気がした。
「ありがとう。あなたは風凛くんじゃないし、これは夢でしかないけど、現実でもいつか私のことそんな風に想ってくれる人に出逢えたらいいな。」
ふう~っと大きなため息をつく。
「大丈夫か?フレンチトーストは後にしてもう少し寝るか?」
「うん。そうする。おやすみなさい。」
風凛くんの『おやすみ。』の声を聞きながら彼に背を向け、心の中で『さようなら。ありがとう。』とつぶやく。
───長い夢だったなぁ。夢の中で一晩過ごしてまた朝になるなんて。触れ合う感覚とかもやたらリアルだったし・・・あぁ、起きたら仕事だ。風凛くん昨年から異動になって部署変わったから、普通にしてたら会わないけど・・・カレンダーをめくって、新たな気持ちで頑張らないとな。
ベッド近くのカレンダーに目をやる。現実に使っているものと同じもののはずなのになんだか少し違和感を感じた。
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