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画面をスワイプし、気になったものがあればアクセスする。
編集を一度でも手伝ったことがある友人のアカウントは、すべてフォローしている。作った動画の仕上がりと「いいね」の数をひとつひとつ確認していたミカは、あるアカウントから投稿されていた一枚の写真を表示したまま画面のスクロールを止めた。
アカウントの名前は「kyon」。ミカの友人の一人である神村京子が運用しているものだ。
彼女が投稿していた一枚の静止画を画面いっぱいに拡大し、ミカはその隅々まで確認した。
写真の撮影場所は学校の教室だった。少しだけ制服を着崩した四人の女子高生が、揃いのポーズで画角に収まっている。「バズる」要素はそれほど感じない。
京子。史帆。あやか。久美。
横一列に並んだ女子高生は、みんなミカの友人だ。今日も、さっきまで一緒にいたのだ。授業が終わった後、教室に残ってだらだらと話をしていた時のこと。京子がSNSの話を始めた流れで、なんとなくみんなで写真を撮ることになった。
ミカは、いつものようにカメラを構えてシャッターを押す準備をした。それが動画でなくても、自分が携わる以上はクオリティにもこだわりたい。四人は、フレームの枠の中で冗談を言いながらふざけあっている。みんなが高校を卒業するまであと数か月。けして永遠の別れではないけれど、こんななんでもない時間は、きっと失われてしまうのだろう。かけがえのない、一瞬の煌めき。ゆっくりと沈んでいくオレンジ色の夕陽を背にして笑う彼女たちの姿を眺めていた時、ミカの中に、今までに感じたことのない感情が沸き上がっていた。
私も、みんなと一緒に写真に写ってみたい。
京子たちと知り合ったのは中学生の頃だ。かれこれ三年以上前になるから、付き合いも長い方だと思う。けれどミカは、これまでみんなと一緒に写真に写ったことが一度もなかった。動画であれ静止画であれ、何かを撮影するシーンになると、ミカはどうしてもカメラを構える側に回ってしまう。誰かに強要されていたわけではなかった。ミカ自身、自分と比べて腕が劣る相手にカメラを任せることには抵抗があったし、被写体であるより、レンズを覗いている時の方が落ち着くから、むしろ自ら望んでそうしている部分もあった。
けれど、この時だけは別だった。
かけがえのない友人、かけがえのない一瞬。
いつかこの夕焼けを思い返してアルバムのページをめくった時、そこに自分の姿だけが写っていないのは、とても悲しいことであるように思えた。
「……ねぇ」
カメラを構えたまま、ミカはみんなに声をかけてみた。
「私もそっち側に行っていいかな。たまにはさ」
シャッターを切るタイミングは、タイマーで設定すればいい。あまり使ってはいないが、そういう機能もある。画角のイメージはできているから、どの位置に入って写ればいいかは分かっていた。カメラさえ決まった位置から動かさなければ、いい写真が撮れるはずだ。
二十秒後にシャッターが切られるように設定し、ミカはカメラから離れた。
こんなことをするのは初めてだった。こころなしかドキドキする。
撮影中にカメラから離れてしまう不安と、みんなと一緒に写れる喜びが半々くらい。
浮足立ってみんなのいる所に向かおうとした瞬間、不意に、異変に気が付いた。
教室が、静まり返っている。ついさっきまで、久美が飛ばした冗談でみんなゲラゲラと声を出して笑っていたのに、いつの間にかその声が聴こえなくなっていた。
もう、誰も笑っていなかった。その表情も異様だ。みんな揃って、なにか胡乱なものでも見てしまったかのように、頬を引き攣らせている。校舎の窓ガラスの向こうで、黒い翼が羽ばたいていくのが見えた。不吉を告げるような鳥の鳴き声が、クワァと響いた。
(……なに。私が写真に入るのが、みんなそんなにイヤだってこと?)
友人達の態度は、ミカが想定していたものではなかった。みんな、笑顔で受け入れてくれるものだと思っていた。私が写真におさめたかったのは、こんな景色じゃない。青春の一ページに刻み込まれるべき輝く笑顔が、今となってはこの場所には存在していなかった。
(……写りたい、なんて言わなきゃよかった。私はみんなにとって、あくまでも「撮る側」だったんだ。その境界を超えちゃいけなかったんだ)
さっきまで高揚していたミカの気分は、みるみるうちに消沈していた。こんな反応をされるのなら、写真を撮ることなんか今すぐやめて、自分の場所へと逃げ帰ってしまいたい。しかし、カメラのタイマーは既に動き始めていた。一度始めた撮影を途中でやめることは、ミカのカメラマンとしての主義に反する。シャッターが切られるまでたった数秒のはずなのに、それが絶えようのない長い時間であるように思えた。冷たい空気が漂い始めた教室で、表情を硬直させた友人らの傍らに立ち、ミカは精一杯の笑顔を浮かべた。
写る側に立つのは、これで最後にしよう。
期待するのはもうやめよう。
ひとに何かを望んだとして、どうせ傷つくのは自分なのだから。
言いようのない悲しみを抱えながら、ミカは「被写体」としての役割を全うした。
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