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神村京子のアカウントから投稿されていたのは、この時撮影した写真だった。
あのようなことがあった直後であるにもかかわらず、京子はいつものように撮影した素材をミカに送ってきた。投稿する前に、必要な加工と調整を写真に施すためだ。
京子をはじめ、高校に通う友人からの依頼だと、顔の加工に関する細かい注文がとにかく多い。やれ、目を大きくしてほしいだの、フェイスラインをシャープに見せてほしいだの、千差万別な個々のオーダーに、ミカはたった一人で対応していた。
京子は目の大きさ、史帆は顔色、あやかはリップの艶、久美は鼻と口の間のバランス。今日撮った写真にも、みんなのこだわりに応じてそれぞれの加工を施したが、ミカは自分の姿だけには一切手を加えなかった。みんなのように、外見に関するこだわりがあるわけでもないし、こうしてみんなに交じって写真を撮ることも二度とないだろうから、ありのままの姿で記録を残しておきたいと考えたのだ。
けれど、京子が投稿した写真は、ミカが加工を施したものと状態が違っていた。
そこに写っている女子高生は、四人だ。同じ場所にいたはずのミカの姿が見当たらない。
おかしい。そんな筈がない。
くまなく画像を調べていたミカは、データ上に明らかな「加工跡」を見つけた。
並んでいる四人のすぐ後ろ。あの時、カメラを離れたミカが立ったあたり。背景に合わせて加工しているようだが、普段から画像をいじっているミカには分かる。
あの時のミカの姿は、誰かの手によって意図的に写真から消されていた。
おそらく、他で探した画像加工のアプリでも使ったのだろう。諸々の処理があまりにもお粗末で、加工作業に慣れていない人間の仕業であることが見て取れた。
(……ここまでやるの?)
自分の姿が消された写真を前に、ミカの中には激しい怒りが沸き上がっていた。
どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのだろうか。
京子のアカウントのフォロワー数は、一般的な女子高生の中ではかなり多い。彼女が注目を集められた理由のひとつに、ミカが編集した動画があることは間違いない。むしろ、彼女が投稿した動画の「バズり」は、全てミカの手腕によってもたらされたものだった。
京子と知り合って以来、ミカは文句の一つも言わずに黙々と彼女の依頼をこなしてきた。確かに少しだけ謝礼はもらっていたが、それだって月にすれば数百円のものだ。ミカは、京子のことをかけがえのない友人だと思っていた。だから精一杯彼女の要望に応えようとしたし、そのためにたくさんデータを集めて、編集作業に取り組んできた。
けれど、友達だと思っていたのはどうやら自分だけだったらしい。京子からしてみれば、ミカは動画や写真をとるためだけに存在する道具に過ぎなかった、ということだ。撮る側から、写る側にまわってみたい。そう一度願っただけで、こんな扱いをされてしまうのだから。
加えて許せないのは、京子がこの写真を不特定多数の目に入るSNSにアップロードしていることだった。
ミカは、自ら加工した写真や動画には必ず自身のロゴをいれている。それらは全て自分の作品であり、自分が作る以上は絶対に妥協をしないという覚悟を込めて付けているものだ。京子のアカウントから投稿された写真にも、ミカのロゴマークは付いている。けれど、この写真は、ミカが作業を完了させた後に、誰かが追加で表面を弄ったものだ。途中までは確かにミカの仕事だが、最後に余計な手を加えられている。
(私なら、絶対にこんな雑な加工はしない)
京子の無遠慮な投稿は、ミカの尊厳をひどく傷つけるものだった。
友人としても、クリエイターとしても、あまりにぞんざいに扱われている。
(私がいなかったら、ロクに編集もできないのに。みんな好き勝手に細かい注文付けて、散々利用して、私がどんな気持ちでこれをやってきたかなんて、考えもしないんだ!)
考えれば考えるほどに、ミカの怒りは収まりが付かなくなっていた。
ヒートアップしたまま、モニターの電源を強制的に落とす。なんだかもうすべてが疎ましく思えてきた。いっそこのまま、全ての連絡を遮断して、動画加工の依頼を受け付けないでおこうか。そうすれば、これまでミカに頼り切りだった友人たちは大いに困るだろう。京子も、みんなも、ミカの存在のありがたみに気づくに違いない。
(……そうだ、そうしてやろう)
みんなの慌てふためく姿を想像し、ミカはひっそりと笑みを浮かべた。
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