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「あぁ、だからうまく動かなかったのか」
記事を読み、京子は合点がいった。
ミカ……『Me-camera』のアプリを使い始めたのは中学生の頃だが、昨日のように要望にうまく応えてくれないことは初めてだった。優秀なアプリで使いやすく、世間的な評価も高かったのだが、システムに大規模な不具合が発生していたのなら仕方がないことだろう。
「けっこうな数の動画投稿者が使ってたからねぇ。みんな困ってるらしいよ」
「ふぅん……。あ、もしかしたら昨日の写真の黒い影も、ミカの不具合だったんじゃない?」
「あぁ、そうかも。不吉の前兆、みたいな」
「だからオカルトっぽくいうのやめなって」
そう言ってたしなめてみたが、冗談好きな久美は懲りない様子だ。手に持ったスマートフォンでミカに関するSNSの投稿をチェックしつつ、頬には笑みを浮かべている。
「あ、ミカ、復旧した人がいるみたい」
「そうなんだ。じゃあそのうち直るね」
「んー、なんかね、AIを初期化しないとダメなんだって。公式からも案内出てるよ。進化的アルゴリズムによって利用者ごとの好みに適応した動画編集に関わる細かいパーソナルデータは消えてしまいますが、初期化した後にまた一から学びなおさせることは可能です……だって。設定をやりなおすのは面倒だけど……まぁ、使えないよりはマシだもんね」
毎日SNSに動画を投稿している久美にとって、ミカの不具合は死活問題なのだろう。ついさっき情報を確認したばかりだというのに、もうすでに『Me-camera』のAIを初期化する作業を始めていた。
「ほら、京子も忘れないうちにやっておいたほうがいいよ。いざ使おうって時に使えないのが一番ストレスなんだから」
「まぁ、確かに」
久美に促され、京子も初期化の手続きを進める。
思えばこの数年間、ほぼ毎日のように利用していたアプリだった。自分の好みに合わせて学習していく自律思考AIを育てていくのは、なんだか育成ゲームみたいで楽しかったし、ある種の相棒であるような印象すらあった。
たとえ相手がアプリであっても、ともに重ねてきた時間が失われてしまうのは、なんとなく寂しい。
けれど、確かに久美の言うとおり、アプリである以上使えなければ意味がないのだ。
こんな不具合が起きなければ、きっとこのまま使い続けていただろうに。残念だった。けれど、こればかりは仕方がない。
少しばかりの寂寥を抱きながら、京子は『ミカ』との記録を消去した。
何故だろう。
京子は誰かに名前を呼ばれたような気がした。
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