幸せの前に

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 私と佐々木君は喫茶店に入った。  涙は止まらなかった。泣き出した私を見て佐々木君は驚いたような顔をしたが、「後はおれがやっとくよ」と言い、泣いた理由を聞かなかった。  私は恥ずかしくてたまらなかった。お腹が空いたら涙が出るなんて、そんなこと話せない。家族の過去を話すのも嫌だった。 「ホットケーキでいいよね」  佐々木君の言葉に私は黙ってうなずいた。  喫茶店には私達だけしかおらず、心地よいジャズが流れていた。その雰囲気に少しだけ落ち着いてきた。  突然、泣き出してしまったことを謝った方がいいだろう。私が口を開きかけた時「あのさ」と佐々木君は言った。 「おれさ、空腹って好きなんだよな」  意外な言葉に少し驚きながらも「なんで」と言った。 「もちろん、後で食べるものがあるっていうのが前提なんだけど、空腹で食べる飯ってめちゃくちゃうまいじゃん。それで、幸せな気持ちになるんだよ。だから、空腹はおれのなかで幸せになる前の準備運動ってことにしている」  幸せの準備運動、私が憎んで憎んでいる空腹をこんな風に捉えている人もいるのか。  
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