第三章

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***** 「浅井さん、おはようございます」 「……秋野さん、おはよう。ごめんね、待ったでしょ」 「いえ、私もついさっき着きましたので」 翌朝、いつもより早めに家を出た私は、出勤前に駅前で浅井さんと待ち合わせをしていた。 昨日、日向が帰った後に浅井さんに "お話ししたいことがあります" と連絡したところ、朝出勤前に少し話そうと言ってくれたのだ。 「昨日のことだよね?」 「はい……」 「ここじゃ人が多いし、ちょっと場所移動しようか」 ありがたい提案に頷き、浅井さんの一歩後ろを歩いてカフェへ進む。 案内されたテーブル席でコーヒーを注文した。 「それで、聞かせてくれる?」 「はい。あの、昨日のお話なんですけど」 「うん」 「こんなこと、私が言える立場ではないと思うんですけど。私を口説く……というお話。申し訳ないんですけどお断りさせていただきたいと……思いまして……」 自分で言っておいてなんてことを言っているんだろうと恐れ多くなり語尾が縮こまる。 「……昨日、あの後彼氏でもできた?」 「え!?」 「お、当たり?」 「どうして……」 「いやぁ、そうじゃなきゃ昨日の今日でそんな深刻な顔で断りに来ないでしょ。秋野さん、真面目だから何日も考え込むタイプだと思うし」 「……よくご存知で……」 「結構秋野さんのこと、見てたからね。それに、秋野さんの気持ちが俺に向いてないことくらいわかってたから、昨日のはほぼ負け確定の賭けみたいなものだったし。当たればラッキーみたいな? だから、そんなに気にしなくていいよ。まぁ、昨日の今日で振られるとは思ってなかったけど」 面白そうに笑う浅井さんの本心がわからない。 まさかこんなあっさりとわかってくれるとは。 なんだかあれほど悩んで身構えていた自分が滑稽に見えて、拍子抜けしてしまう。 「そもそもあんなにキス拒絶されたの初めてだったし、あの時点で無理だなと思ったよ」 「あ、えっと……なんかすみません」 「いやいや、謝るのは俺の方だよね。好きでもない男から迫られて怖かったでしょ。ごめんね。もう絶対しないって約束するから」 「はぁ」 「だから、また仕事仲間としてよろしくしてもいい?」 「……はい」 「ありがとう」 浅井さんから差し出された手を軽く握って握手をする。 多分、私が必要以上に気にしないように明るく振る舞ってくれてるのだと思う。 そんな気遣いが申し訳ないと思うけれど、ここで私が謝るのは違う。 素直にその気持ちを受け取るのが正解だろう。 浅井さんは 「これくらいかっこつけさせてよ」 と言ってコーヒー代を払ってくれて、丁重にお礼を告げてそのまま一緒に会社まで行く。 途中で真山さんにも遭遇し、三人でわいわい言いながら出勤した。 「え!? ちょっと待って!? 何それどうなってんの!?私聞いてないんだけど!?」 フロアに向かう間、浅井さんが 「秋野さん、昨日彼氏できたらしいよ」 なんて言ったものだから、真山さんがものすごい勢いで私に詰め寄ってきた。 浅井さん、なんでこんなタイミングでバラすの!? そう思ったけれど、 「昨日の今日で振られたせめてもの仕返し。じゃ、報告頑張ってー」 そんなことを私に耳打ちしながら浅井さんは楽しそうに私たちを置いて先に歩いていく。 「ちょっと秋野さん!? 聞いてないわよ!? あの幼馴染と!? ちょっと秋野さん!」 真山さんはそんなことにも気付かずに私の肩を思い切り揺さぶる。 「は、はい、そうです。でも真山さん、その話は後にしましょう? ね? ランチの時にちゃんと話しますから」 「いーや待てない! 今聞く! まだ始業まで時間あるから今聞くわ!」 「ちょっと、真山さ……揺らさないで……」 ぐわんぐわん頭を揺らされて酔いそうになりながら、真山さんに拉致られる。 そのまま昨日のことをほぼ吐かされたのは言うまでもない。
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