第二章

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「秋野さん、ランチ行くよー」 「はーい」 お昼休憩の時間、真山さんにつれられてフロアを出る。 向かった先は駅前にある和食のお店で、ランチで来るには少しお高めだけど個室がある落ち着いたお店だ。 中に入るとどうやら真山さんが予約してくれていたようで、奥の個室へ案内してもらった。 「すみません、私のつまらない話のために予約までしてくださって」 「なに、無理矢理聞こうとしてるのは私なんだからこれくらい気にしないで。今日のランチも私の奢り。いくらでも話聞くから、たくさん食べて元気だしな!」 「……ありがとうございます」 真山さんはその言葉通り、私に食べさせながら優しく話を聞いてくれた。 信明くんに二股かけられてたこと、なんなら私が浮気相手だったこと。 全部を話すと、真山さんは自分のことのように怒ってくれた。 「何それ!? 信じらんない!」 「真山さん、落ち着いてください、声が大きいです……」 「これが落ち着いていられるか!? 私の大事な後輩傷つけたんだよ!? なんなのよその男は!?」 「もう、真山さんがそこまで怒ってくれるだけで私は嬉しいです。一応もう吹っ切れてるんで、心配しないでください」 「秋野さん……」 私以上に怒り狂ってくれるから、私は反対に笑ってしまう。 日向も、お兄ちゃんも、真山さんも。 こんなにも心配してくれて、相手に怒ってくれて。 不謹慎かもしれないけれど、そんな人が周りにいることがとても嬉しいと思ってしまう。 「それに、年末年始久しぶりに実家に帰省できてすっきりしました。だからもう大丈夫です!」 「……秋野さんがそう言うならいいけどさ。でも、家は引っ越しなよ?」 「え?」 「だって、その元彼、秋野さんの家知ってるでしょ? 何かあったらまた来るかもしれないじゃん。二股かけてた時点でヤバい人だし、そういう人って開き直ると何しでかすかわかんないって聞くから、気をつけないと」 そこまで考えてなかった……。 「もし引っ越したけど何もなかったらそれはそれで良かったねで済むし。それに彼と一緒に過ごした部屋でこれまで通り暮らしていくのってしんどくない? 心機一転も兼ねていいんじゃないかな」 そうか、確かにそうかもしれない。 ちょうど家具も買い替えたいと思ってたし、正直信明くんとの思い出がたくさんあるあの家でずっと暮らすのはきつい。 彼の私物は全部捨てちゃおうと思ってたことだし、心機一転を兼ねて引っ越しもありかも。 明日は土曜日だし、少し調べてみよう。 「真山さんに相談してよかったです。ありがとうございます」 「いーえ。むしろそんなつらい話、好奇心で無理矢理聞いちゃってごめんね。お詫びって言っていいかわかんないけど、デザートも注文していいからね」 「ふふっ、そんなに食べきれませんよ」 そう言いつつも、結局二人できっちりデザートまで食べてしまったのだった。 そしてそのまま会社に戻りいつものように仕事をしていた定時すぎ。 「お先に失礼しまーす」 「お疲れー」 真山さんにひらひらと手を振られながら、私はタイムカードを切ってフロアを出る。 日向との待ち合わせは十九時。少し時間があるため、メイクを直してから行こうとトイレに寄った。 崩れた部分を直して軽く髪の毛を整えて、そうしていると良い時間になり急いで会社を出る。 ちょうどよく日向から"今から行く"と連絡が来て、私は足早に待ち合わせ場所である駅に向かった。 駅前は、私と同じような仕事終わりの人で溢れている。 当たり前だけど、まだ日向はついていなかったようで私はベンチに座って待つことにした。 お正月に会ってからまだ一ヶ月も経っていないのに、なんだか久しぶりに顔を合わせるような気がしてそわそわしてしまう。 無意味にスマホを見てみたり、何度も腕時計で時間を確認してみたり。 自分でも驚くほど浮かれている。 「あ、日向」 十分ほど待っただろうか。 駅の中からやってきた日向を見つけて駆け寄る。 「夕姫、待ったか?」 「ううん。さっき来たところだから大丈夫」 「そっか。じゃあ行こう」 日向はくるりと身体の向きを変えて歩き出す。 私もそれに倣うように歩き出した。 日向は昨日から出張で東京に来ているらしい。 今日は一日都内にある本社のオフィスで仕事をして、明日帰るんだとか。 「なんか……日向のスーツ姿、見慣れない」 「そうか? あぁ、夕姫の前で着たことなかったっけ」 「うん。初めて見た」 ピシッとしたスーツ姿は、今まで私が見てきた日向のイメージとはだいぶかけ離れている。 珍しく髪の毛もセットされていて、爽やかな色気を纏っている気がする。 いつもの日向もかっこいいとは思うけど、スーツ姿だと三割り増しくらいで良く見えるな……。 「それを言うなら俺も夕姫の仕事着見たの初めてかも」 「そうかな。私のはオフィスカジュアルだからそんなに変わらないとは思うけど」 「うん。でもなんか、新鮮だな」 嬉しそうに笑う日向に、私も思わず笑う。 「今日はどこに行くの?」 「イタリアン。夕姫好きだろ」 「うん」 「ほら、行くぞ」 向かったのは駅向こうに少し歩いたところにあるイタリアンのお店。 カフェのようにおしゃれな雰囲気で、女性客やカップルが多いようだ。 「会社の近くにこんなおしゃれなお店があるなんて知らなかった」 「俺も。こっちにいる友達に聞いて教えてもらったんだ」 「そうだったんだ。わざわざありがとう」 私はパスタ、日向はドリアを注文して料理が来るのを待つ。 その間、仕事のことやお兄ちゃんのことなど、他愛無い話で盛り上がる。 料理が来て、その美味しさに顔を綻ばせていると 「そうだ、夕姫に言おうと思ってたことがあるんだ」 と日向が話を切り出した。 「ん? なに?」 「俺、今度こっちに転勤が決まったんだ」 驚きすぎて、飲んでいたお水を吹き出しそうになって咳き込む。 「おい、大丈夫か?」 「だ、大丈夫……。え、いつ!?」 「実は、二月から」 「二月から、って、もう二月になるじゃん!」 「そう。夕姫を驚かせようと思って黙ってた」 私の反応を見てケラケラ笑う日向は、ドッキリが成功したかのように嬉しそう。 お正月に転勤があるかもって話をしていたのは覚えているけれど、まさかこんなに早いとは。 「俺もまさか本社に来れるとは思ってなくて驚いたよ。今回の出張も転勤に向けての引き継ぎも兼ねてるんだ。夕姫に一番に言おうと思ってたから、まだ星夜にも言ってない」 「びっくりしすぎて何も言えないよ」 「ははっ、だろうな」 だって、二月といえばもうあと四日後に迫っている。 「土日で準備進めて、月末は有給取ってるからそのままこっちに越してくる予定。向こうでの仕事の引き継ぎは全部済ましてきた」 「そっか、ハードスケジュールだね」 「急に決まったから仕方ないさ」 「住むところは? もう決まってるの?」 「あぁ、ここ」 見せてもらったスマホに載っていたマンションの住所。 私の家から二つ離れた駅が最寄りのようだった。 「私の家から近いところだ」 「まじ? 良かった」 「あ、でも私も今引っ越し考えてるから、もしかしたら遠くなるかもしれないけど……」 「引っ越し?」 日向に真山さんと話したことを伝えると、 「確かにそうだな、何かあってからじゃ遅いし、引っ越しするのは良いと思う」 と頷く。 「うん。だから明日不動産屋さん行こうかなって思ってたんだ」 「そうか。じゃあ明日、一緒に行くか?」 「え?」 「俺、帰りの新幹線夕方なんだ。午前中は引っ越しのために新しい家具を見に行こうと思ってたからそのついでに。どう?」 「でも、いいの?」 その提案はありがたいけれど、日向の貴重な時間が無くなってしまう。 「俺がそうしたいんだよ。その代わり、俺の家具選びにも付き合って」 「うん、いいけど……」 むしろ私も家具を選びたいから、断る理由なんて無い。 「ん。じゃあ決まり。明日の朝また待ち合わせしよう」 「わかった」 こうして、明日も一緒に出かけることが決まった。 そのままスマホで物件を調べつつ食事も終わり、健全に家に帰ることになった私たち。 断ったのに、日向は私を家まで送ると言ってきかなかった。 そのため日向と一緒に電車に乗り、最寄駅で降りて再び歩く。 「日向は今日、どこに泊まるの? 新居?」 「新居の引渡しは昼休みの間に済ましてきたんだけど、家具無いからまだ寝られなくて。今日は会社の近くにあるホテルに泊まるよ」 「それってここから遠いんじゃない? なおさら申し訳ないんだけど」 「気にすんなって。ほら、行くぞ」 さらっと私の手を取る日向は、私の顔を見ずにそのまま進んでいく。 繋がれた手に驚いて何も言えなくなっているうちに自宅アパートが見えてきた。 「ここか?」 「うん。送ってくれてありがとう」 「ん。じゃあまた明日な。あとで時間連絡する」 「わかった。気を付けてね」 「あぁ、ありがとう。もう遅いから早く家入れよ。おやすみ」 「うん。おやすみ」 日向が見えなくなるまで手を振ろうと思ったけれど、早く入れと言われてしまいアパートの玄関に入る。 自室に入り窓から外を覗くと、遠くを歩いている日向の後ろ姿が見えた。
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