第二章

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「待ち合わせ場所まで送ろうか? 俺車あるし」 「いえ、迎えにきてくれてるはずなので大丈夫です」 「そう?」 「はい。さっき連絡したのでその辺にいるはずなんですけど……あ、日向!」 エントランスを出て日向の姿を見つけ、大きく手を振る。 私に気がついた日向も手を振り返してくれて、こちらに歩いてきてくれた。 「浅井さん、今日は本当にありがとうございました。お先に失礼します」 「あ、うん……。お疲れ様」 少し驚いたような浅井さんの様子を不思議に思ったけれど、 「夕姫、お疲れ。行こう」 日向に呼ばれて意識がそちらに向かう。 「ごめんね遅くなって。だいぶ待ったでしょ?」 「いや? 俺も近くの店で持ち帰りの仕事してたからちょうど良かったよ」 「そう? ありがとう」 浅井さんにもう一度会釈をしてから日向の隣に並んだ。 「どうせ迎えにいくならって思って、車で来たんだ」 「そうなの?」 「あっちに停めてあるから行こう」 「うん」 日向の案内で向かった近くのコインパーキング。 そこには黒いセダンが停まっていて、驚いてしまった。 「日向の車、初めて見た」 「そういえばそうだな。仕事の時くらいしか乗らないから。ほら乗って」 「うん。お邪魔します……」 助手席のドアを開けてくれた日向にドキドキしながらも、中に乗り込む。 爽やかなミント系の芳香剤の香りが鼻を掠めた。 「でも今日ってバルに行くんじゃなかったの?」 車なら飲めないのに。 私一人だけ飲むわけにもいかないし……。 「遅くなっちゃったからな、バルは次回にして今日は適当に買い物して俺ん家で飲まない?」 エンジンをかけた日向は、私の方を向いて微笑む。 日向の家で……? それって、もしかして。そういう意味も含まれているのだろうか。 言葉の裏を深読みしてしまいなかなか返事ができない私に、 「ははっ、そんな気負いすんなよ。取って食おうなんて思ってないから」 「ほ、本当?」 「本当。まぁ、下心が全くないわけじゃないし、仮に夕姫から誘われたら手出すと思うけどな?」 「なっ……」 「ははっ、でもお前が嫌がることはしないから安心しろ。約束する」 笑って私の頭を撫でた日向は、 「そういうことだから、そろそろ出発したいんでシートベルトしてください夕姫さん」 なんて、ふざけてからかってくる。 「ご、ごめん。今するから」 「ゆっくりでいいよ」 シートベルトをすると、車はゆっくりと発進する。 移動中、ちらっと運転中の日向を盗み見る。 「あれ、眼鏡……」 「ん? あぁこれ? いや、この間免許の更新したら視力下がってて。眼鏡買ってみたんだよ」 どう?似合う?なんて口角を上げる日向の目元には、見慣れない細身の黒縁の眼鏡。 「うん。似合ってる」 フレームが華奢で、あまり主張が強くない眼鏡。 甘いマスクの日向にはぴったり似合っていて、選んだ日向のセンスが感じられる。 「あんまり眼鏡のイメージ無かったけど、かっこいいね!」 せっかくそう褒めたのに日向からは返事が無くて、不思議に思ってもう一度隣を見上げる。 すると、 「ちょ、今は見んな」 「ふふ、照れてるの? 顔真っ赤じゃん」 「いちいち言うな! 今運転中だから黙って前見てろ!」 「ふふっ、はーい」 顔を真っ赤に染め上げた日向が必死に私の視界から逃げようと顔を背けようとしていた。 恥ずかしかったのか、 「あー……、まじで心臓に悪い」 なんてぼやいていて、私が見ようとするとすぐ左手で私の顔を正面に戻してくる。 そんなやりとりが面白くて、しばらく日向をからかって遊んでいた。 パーキングから五分ほどでスーパーに到着して、二人で一緒に降りる。 「何食べる? 今から作るの面倒だし、出来合いのものとメインは出前でいいだろ?」 「うん。何かお惣菜とおつまみ買っていこう」 「そうだな、じゃあこれとー……こっちも」 カゴを持つ日向が、その中にぽんぽんとおつまみやしょっぱい系のお菓子を入れる。 「日向の家にお酒あるの?」 「まぁ、ビールならある」 「わかった。じゃあなんかビール以外のもの適当に見繕って買おうか」 「そうだな」 その後お酒コーナーに向かい、追加のビールとチューハイも入れていく。 「何か他に欲しいものあるか? デザートとかいる?」 「ううん。大丈夫」 「わかった。じゃあ後はメインを出前とって……」 日向はスマホで軽く食べられるサラダとおかずをいくつか注文してくれて、その足でお惣菜コーナーに寄ってからレジに向かって会計までしてくれた。 「お金、後で払うよ」 「いいって。いらないから」 「でも……」 「じゃあ今度メシ行く時は夕姫にお願いするから。今日は払わせて」 「……わかった」 きっとそう言いつつも、次回も日向はスマートに払ってくれるのだろう。 わかっているからこそ、少しは払わせて欲しいのに。 「さ、行こ」 「うん」 再び車に乗り込み、十五分ほどで日向の自宅に到着した。 車を降りてマンションに入り、五〇一号室に入った私たち。 「お邪魔します」 「飲み物麦茶でいい?」 「あ、うん。お構いなく。私も買ったものしまうの手伝うよ」 「ん、ありがとう」 部屋はリビングの他に寝室があるらしく、当たり前だけど私の住むアパートよりも断然広くて綺麗。 ぐるっと見渡しても掃除が行き届いているのがよくわかる清潔さ。 カーテンの向こうにはどうやら大きな窓もありそうで開放的。 いいところに住んでるんだなあ。すごいなあ。 改めてそう思いながら荷物を置いてキッチンに立ち、買ったものを冷蔵にしまったりお皿を借りて盛り付けしたり。 その間に日向は麦茶を用意してくれている。 「お惣菜、あっちに置いてもいい?」 「うん、適当に並べといて。箸はこっちに入ってるから」 「わかった」 お惣菜の乗ったお皿とお箸を二膳持って、リビングの中央にあるテーブルに置く。 「あ、このソファ」 テーブルの前にあるグレーのソファは、一緒に家具屋さんで選んだものだ。 やっぱり日向の部屋はモノトーンやそれに近い色味の家具が多い。 グレーにして大正解のように見えた。 なんか、今さら緊張してきた……。 そわそわしつつ、グレーのソファに腰掛けて日向が戻ってくるのを待つ。 「ごめん、コートこれにかけていいよ。すっかり忘れてた」 「いいの? ありがとう」 麦茶を持ってきた日向の手にはハンガーもかかっており、ありがたくそれを受け取ってコートをかける。 「ん、貸して」 手を出した日向にハンガーごとコートを渡すと、それを玄関に持っていってくれた。 ちょうどそのタイミングで出前も届いたらしく、日向が受け取りをしてくれた。 「じゃ、乾杯」 「乾杯、お疲れ様」 日向が戻ってきてから届いた料理も並べ、冷えているビールを出してからソファに座って乾杯をする。 ぐいっとビールを飲むと、疲れが溜まっていたこともありいつもの何倍も美味しく感じた。 「お店で飲むのももちろんいいけど、たまにこうやって宅飲みするのもいいよね。リラックスできて」 「そうだな。何も気にせず飲んで話せるもんな」 「うん。今日すーごい忙しかったから、やっと仕事終わったー! って感じ。開放感やばい」 「いつも残業結構多いのか?」 「そこまでじゃないよ。ただ、私が頼られると断りきれなくて」 「あぁ、そういえば昔からそんなタイプだったな。人に頼れずに自分一人で抱え込むタイプ」 「的確すぎてぐうの音も出ません。でも今日は先輩方に手伝ってもらってどうにか終わらせたよ。週明けにお礼言わなきゃ」 「そうか。頑張ったな」 「ありがと」 仕事の愚痴を聞いてもらいつつ、美味しい料理とおつまみでお酒がどんどん進む。 日向の家にいるという緊張もあり、いつもよりハイペースになってしまう。 「ゆっくり飲め。誰も取らないから」 「んー、わかってるけどおいしいんだもん」 「悪酔いするぞ。ほどほどにしとけ」 途中で日向に缶を取り上げられたり、取り返したりと子どものような攻防を繰り広げながら飲んでいく。 「日向は? 本社の仕事どんな感じなの?」 「俺? まぁ関西の支社にいたころと大して変わんねぇよ。普通の営業」 「営業かぁ。私もたまに人手不足で駆り出されて外回りついてくけど、大変だよね」 「まあな。でもその分やりがいあるよ。デカい契約取れると嬉しいし、評価が上がればその分昇進するしな」 「今は役職ついてるの?」 「あぁ、今は課長だよ。異動と同時に昇進した」 「え! すごいじゃん!」 「別にすごくねぇよ。同期にはもっと出世してるやつもいるし、本社の人たちは本当のエリートばっかりだ。負けてらんないなって思ってるよ」 やはり大手企業は次元はすごい。 でも正直、幼い頃から知っているから日向が営業スマイルを駆使して外回りをしているところなんてあんまり想像できない。 だけどきっと本社に課長として異動になるくらいだから、業績もすごくいいんだと思う。 かっこいいなあと、純粋に思う。
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