第二章

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***** 目が覚めた時、顔がパリパリに乾燥してる気がして、メイクを落とし忘れたことに気がついた。 「っ……んん」 伸びをして、目を擦ると手が茶色に染まった。 「やば……」 なんだか頭もガンガンする。 そういえば、ここは……? 見慣れない天井をしばらく見つめた後、全てを思い出してバッと身体を起こした。 勢いが良かったため、くらりと眩暈がする。 隣には誰もおらず、窓からは優しい陽の光が差し込んできていた。 「日向……?」 何も身につけていない自分の姿と乱れたシーツが、昨夜の情事がどれだけ激しかったのかを物語っていた。 枕に思い切り顔を押し付けたからだろう、メイクが付いてしまっているのが申し訳ない。 それにしても日向の姿が見えないけれど、一体どこに。 とりあえず顔を洗いたい。 落ちた下着を身につけて服を着て、立ち上がる。 「日向……?」 寝室の扉を上げてそう呼びかけてみると、リビングの方からテレビの音が聞こえる。 同時にいい香りが漂ってきていて、ぐぅ、とお腹が鳴った。 その香りに誘われるように歩いていくと、 「あ、起きた? はよ」 日向がキッチンに立って何やら料理をしていたらしく、私を見つけて柔らかく微笑む。 「お、はよう」 「よく寝てたな。体調大丈夫か? 頭痛くない?」 「ちょっと痛い……」 「そうか、じゃあコーヒー淹れる。フレンチトースト作ったんだけど食べれそう?」 「うん……おいしそう。でもまず、顔洗って歯磨きしたい」 「そうだな。さっきコンビニ行って適当に必要そうなもの買ってきたんだ。洗面所にあるから自由に使っていいよ」 「ありがと……」 言われた通り洗面所に行くと、クレンジングやトラベル用の歯ブラシセットと洗顔フォーム、綿棒にコットン、化粧水まで。これまたトラベル用のシャンプーやコンディショナーまで揃っている。 抜かりないそのラインナップに、ありがたい反面やっぱり女慣れしてるなと文句が言いたくなったものの、 『好きだ』 そんなタイミングで突然昨日の言葉が蘇ってきて、瞬間的に顔を赤くした。 だけど鏡を見ると、メイクもぐちゃぐちゃで真っ赤に頬を染めた自分のやばい顔と目が合ってしまう。 一瞬で冷静に戻り、クレンジングで優しくメイクを落としてから顔を洗い、保湿をしつつ歯磨きをしてリビングに戻る。 シャワーは後から入らせてもらおう……。 「タイミングばっちりだな。ちょうどできたよ。カフェオレでいいか?」 「うん。ありがとう」 昨日の告白なんてなかったかのように、一見普通に見える日向。 だけど、ふとした時に私を見つめるその視線が甘ったるいことに気がつく。 目の前に置かれたフレンチトーストと同じくらい甘い視線が、私を射抜くよう。 「いただきます」 「おー、いっぱい食べろよ」 日向はもう食べ終わったのか、フライパンとバットを洗っている。 よくよく考えたら日向の手料理なんて初めてだ。 ナイフとフォークで一口切って食べると、ほどよい甘さが口に広がる。 洗い物を終えた日向が私の元に来て、向かいに座って私の顔を覗き込む。 「どう?」 「ん……おいひぃ」 「そっか、良かった」 嬉しそうにニッと笑った日向は、私の頭を雑に撫でてからまたキッチンに戻っていく。 私は熱々のカフェオレを一口飲み、またフレンチトーストを一口ずつ大事に食べ進める。 甘くて、優しい味。まるで日向みたい。 昨夜散々飲み散らかしてこの辺も汚してしまったはずなのに、今綺麗になっているのも日向が全部やってくれたんだろう。 何から何まで申し訳ない気持ちと、甘やかされてることがなんだか嬉しいと思ってしまう自分がいた。 全部食べ終えると、 「シャワー入りたいだろ? 今準備するからちょっと待ってて」 と言って今度は日向が洗面所に向かった。 私はもう一杯カフェオレをもらい、テレビの情報番組を見ながらゆっくりと飲み進める。 「夕姫」 「ん」 「これ、俺のだからでかいと思うけど」 「ありがと」 「さすがに下着までは買ってこれなかった。ごめん」 「ううん。大丈夫」 ここに下着まで揃ってたら卒倒してしまいそうだ。 日向にそこまでの勇気がなくて良かった。 ありがたくシャワーに入らせてもらうことにして、着替えのスウェットとバスタオルを受け取ってお風呂に向かう。 熱いくらいの温度のシャワーで頭と身体を洗い流してから出ると、渡されたスウェットを着てみた。 「でっか……」 彼シャツというやつだろうか。いや、彼じゃないから違う?そもそもシャツじゃないし……。 なんて馬鹿なことを考えながら、両手の袖と足首のところの裾を折り返す。 ダボダボだけど、日向の匂いがしてなんだか落ち着く。 ドライヤーを勝手に使うわけにもいかないから、とりあえずタオルドライをして顔の保湿をしなおし、ほかほかの状態でリビングに戻った。 「日向」 「あぁ夕姫、もどっ……」 多分、戻ったか?って言いたかったんだと思う。 だけど、日向は私の姿を見て動きを止める。 そしてすぐに顔を赤くしながらそっぽを向き、 「想像以上にヤベェな……」 と呟いた。 その声が昨夜の 『好きだ』 と言われた時と同じトーンで、私まで顔が真っ赤に染まる。 ガシガシと頭を掻いた日向は、ふぅーと一度細長い息を吐いた後に 「こっちおいで。髪乾かしてやる」 と私を手招きする。 おずおずと向かう私を膝の間に座らせたかと思うと、どこからか出てきたドライヤーで丁寧に私の髪の毛を乾かしてくれた。 この感じ、懐かしい。 昔よくお兄ちゃんや日向がやってくれてたのを思い出す。 私、あの頃から甘やかされてたんだなあ。 「熱くないか?」 「うん。だいじょぶ」 「痛かったら言えよ」 「うん」 そう言うけれど、日向は本当に優しく乾かしてくれるから痛みなんて感じない。 優しい指先が頭を撫でるたびに、くすぐったいような感覚がした。 乾かした後はそのままブラシで髪を梳かしてくれて、どんどん私の髪の毛がサラサラになっていく。 「ま、こんなもんか」 そう告げてブラシをテーブルに置いた日向は、私を後ろからぎゅっと抱きしめた。 「……日向?」 「……昨日の、嘘でも冗談でもないから」 真剣な声色と、優しいのに私を絶対に逃すまいとしている腕。 「夕姫のこと、本気だから。本当に、ずっと好きなんだ」 その言葉に、私はうろたえる。 まさか日向が私をそういう対象に見ているとは思っていなかったから、頭が追いつかない。 そりゃあ、キスもされたしその先のこともした。 もしかしたら、って思ったこともあった。 だけど、日向は昔からモテモテで女性の扱いに慣れている。 だから、そんなわけないって思ってた。 私のことなんて眼中にないだろうって思いこんでいたんだ。 だって、そうしないと勘違いしてしまいそうで。 勝手に期待して、違った時に自分が傷付くのが怖かった。 「日向、私……」 「うん。そんなこと言ったって、夕姫を困らせるだけだってのはわかってる。俺のこと、そんな風に見たことないのもわかってる。夕姫がずっと、俺のこともう一人の兄貴だと思ってたのも知ってる」 「……」 「だからずっと諦めようと思ってた。俺は所詮兄貴以上にはなれないと思ってたから。だけど、正月に泣いてる夕姫見たら、やっぱりダメだった」 「日向……」 「何勝手に傷付いてんだよ。俺が何年お前のこと好きでいると思ってんだよ。……今さら諦めるなんてできねぇよ」 後ろから抱きしめていた日向は、ゆっくりと私の向きを変えて正面から抱きしめる。 「夕姫」 「……うん」 「俺、お前が思ってるほど優しくない。弱ってる夕姫に漬け込むような、卑怯な男だよ」 「そんなこと」 「でも、お前のことが好きな気持ちは誰にも負けないから」 「……」 「もう、誰にも渡さない。誰にも負けない」 きつく、きつく抱きしめる日向。 日向の想いが大きくて、全然気付かなかった自分が憎い。 「もう、お前のもう一人の兄貴でいるの、やめるから」 言葉と共に奪われた唇。そのキスは、甘く滑らかなカフェオレの味がした。
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