第二章

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日向への気持ちに気がついてから、数日。 早く伝えなければ。そう思って日向を食事に誘ってみたけれど、どうやら大口の案件を任されたらしく忙しくてなかなか時間が取れないと言われてしまった。 私から食事に誘ったのが初めてだったからか、日向の落ち込みようはすごかったけれど、 "絶対時間取るから! 落ち着いたらすぐ連絡するから!" と約束してくれた。 その間に私も気持ちを入れ替えてしっかり仕事を頑張ろうと思い、毎日必死で働く。 真山さんにも顔が明るくなったと言われて嬉しくなっていた。 そんなある日、仕事終わりに家に帰るとお兄ちゃんから珍しくメッセージが送られてきていた。 "結婚することになった" その文字を見て、驚いてすぐに電話をかける。 「お兄ちゃん! おめでとう!」 開口一番そう告げると、照れたように 『ありがとう』 とお礼が聞こえてきた。 「もう籍はいれたの?」 『気が早ぇなあ。まだだよ。でも今月末には入れようと思ってる』 「そっか、じゃあ式は? いつ?」 『それが、急なんだけど二ヶ月後に予約が取れそうなんだ。キャンセルが出たらしくてさ。人気のとこだからそれ逃したら来年になっちまうから、多分決定すると思う』 今は三月の初め。 年度が変わるタイミングに合わせて籍を入れて、五月の連休明けに式を挙げる予定のようだ。 お兄ちゃんも嬉しそうだけど、それ以上に私の方が舞い上がってしまう。 『近いうちに招待状送るから、日向と一緒に来てくれよ』 「うん!」 お兄ちゃんが結婚かあ。何着て行こう。 お母さんはきっと留袖だから、私も和装で合わせたほうがいいかな。 実家にまだ振袖があったはずだし、お母さんに相談しなくちゃ。 勢いのまま電話をしてしまったため、謝りつつすぐに電話を切る。 すると今度は日向から電話が来た。 「もしもし?」 『星夜から連絡きた?』 「うん、さっきまで電話してたとこ」 『そうか。式の日、俺が車出すから一緒に行こう』 「いいの?」 『当たり前だろ』 「ありがとう」 日向の元にも連絡が来ていたみたいで、その声色はとても嬉しそうだ。 「日向、もしかして今仕事中?」 電話の向こうでは誰かが慌ただしく喋っている声が聞こえる。 『あぁ、今日も残業なんだ』 「大丈夫? 頑張りすぎじゃない?」 『夕姫の声聞いたら疲れも取れたから問題ない。もう少しだけ働いてから帰るよ』 そんな些細な言葉にもドキドキしてしまう。 「……無理しないでよ? 落ち着いたらご飯行くんだから、頑張りすぎて身体壊さないでね」 『当たり前。夕姫に会うために頑張ってるから、もうちょっと待ってて』 頷くと、沈黙が訪れる。 電話も久しぶりだったから、なんだか切るのが惜しい。 もう少し話していたい。 そう思って、あぁ、やっぱり私は日向のことが好きなんだなと思って笑みが溢れる。 『なに、どうした?』 「ううん。私も日向の声聞いたら疲れ取れた気がしただけ」 『……今すぐ会いに行きたくなるようなこと言うなよ』 急に声が低くなって、驚く。 『あー……夕姫不足。電話しちゃったら会いたくなるから控えてたけど、やっぱ無理だ、今すぐ会いたい』 「っ……」 顔が見えない分、ストレートに届く言葉に胸が高鳴る。 私も、会いたくてたまらなくなる。 でも、仕事の邪魔をするわけにもいかない。 もう少し電話をしていたかったけれど、向こうで日向を呼ぶ声が聞こえていた。 「……日向、戻らないといけないんじゃないの?」 『……あぁ。じゃあ、仕事戻る』 「うん。……あ、日向」 『ん?』 「私も……日向に会えるの楽しみにしてる。だから、お仕事がんばってね」 そう言い終わってから恥ずかしくなり、日向の返事を聞く前に思わず電話を切ってしまう。 言い逃げのようになってしまったけれど、日向は怒っていないだろうか。 不安に思っていたのも束の間、 "死ぬ気で終わらせる" そんなメッセージが送られてきて、笑ってしまったのだった。
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