第四章

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「どうしたの? 二次会は?」 「んなのどうでもいい。つーかそもそもちょっと顔出したらすぐ抜けるつもりだった」 「なんで……」 「なんでって、夕姫と一緒にいたかったから。それに連絡取れなくなったら心配するに決まってんだろ。おばさんに聞いたら悪酔いしたらしくて帰ったって言うし。何回電話しても出てくれないから倒れてるんじゃないかと思って心配で」 その言葉に鞄の中のスマホを見ると、驚くほどの着信履歴と日向からのメッセージが来ていた。 "夕姫、大丈夫か?" "電話出れないなら返事だけでも送って" "今どこにいる? 家着いたのか?" "夕姫、頼むから返事してくれ" そのどれもが私を心配する言葉で、日向と画面を見比べた。 「……ごめん、全然気付かなかった」 「ん。夕姫が無事ならそれでいいよ。それより、体調大丈夫か?」 「うん……」 日向は私の隣に座り、ふわりと抱きしめてくれる。 嬉しいのに、さっきの光景が思い出されてしまい私は手を回すことができない。 「……夕姫、何か誤解してるだろ」 「え?」 「今日、トイレの前で会った時のこと」 まさか日向からその話題を出してくるとは思っていなかった。 日向を見上げると、困ったように私の頬を撫でる。 「もしかしたら話も聞いてた?」 「……ううん。あ、でも、和歌さんが元カノだってのは聞こえちゃった……」 「そうか。それでその後あんなとこ見ちゃったから、そんなに落ち込んでんだな?」 「……」 図星で何も言い返せない。 日向はそんな私の頭を撫でてから、もう一度抱きしめてくれた。 「不安にさせたよな。ごめん。あの時、横山に人がぶつかってきてさ。それで転びそうになってたから咄嗟に支えたんだ」 横山。和歌さんのこと、苗字で呼んでたんだ……。 「……うん。そんなことだろうと思ってた」 予想はできていたのに、いざ本人の口からそう聞くとやっぱり安心してしまう。 「そもそも元カノって言ってもさ。付き合ってたのなんてほんの一ヶ月くらいなんだ。恋人らしいことなんて正直全くしてなかったし、付き合いだしたけど友達以上に見れなかったから別れた」 「……それ、結構最低だよね」 「あぁ。反省してるよ。横山は美春と仲が良くてさ、その頃から星夜たちは付き合ってたから、必然的に四人で一緒にいることが多くて。それで成り行きっていうか、横山に試しに付き合ってみる? なんて言われて適当に頷いたんだ。俺も夕姫のことは諦めようって必死になってた時だったから、少しでも気が紛れればいいなって思って。横山のことは人間的には好きだったしな。横山が俺のことどう思ってたのかはわからないけど、今思うと人の気持ちを弄んだ最低野郎だったなって自分で思う」 そうか。高校時代と言えば、日向が女の人を取っ替え引っ替えしてた頃だ。 「だから付き合ったって言っても一緒に登下校したり弁当食ったり、そんなもんだったよ」 「そっか……」 「夕姫が心配するようなことは何もないし、アイツとの関係はもう過去のものだよ」 私に彼氏ができて、ヤケクソだったって言ってたもんな……。 「……でも、さっき和歌さんと何か揉めてなかった? てっきり復縁迫られてるんだと思っちゃって……」 「え? あぁ、違う違う。そもそもアイツ、今彼氏いるらしいし。あれは夕姫のこと聞かれてたんだよ」 「え?」 「厳密に言えば、今付き合ってる人がいるのかって聞かれたからいるって答えた。そしたら昔のよしみでどんな人か見せてくれってうるさくて。ちょっとくらい会わせてくれたっていいじゃんって言い始めてさ。星夜にもまだ言ってないのに横山に先に会わせるとかありえないだろ? それに夕姫は絶対嫌だろうし……。それで、揉めてたんだよ。そこに人がぶつかってきて、後は夕姫も知っての通り」 「……」 「夕姫が走って会場戻った後、俺がすぐに追いかけたからバレたんだろうな。後から横山に話しかけられたよ。悪いことした、彼女に謝っといてって。誤解してるだろうからちゃんと話してあげてほしいってさ。タイミング悪くてなかなか話しに行けなかったのも見てたんだと思う」 「……ごめん、私、とんでもない勘違いしてた……」 「いやぁ、あんな状況見たら勘違いもするよ。逆の立場なら俺発狂してたと思うし。本当ごめんな。せっかく星夜の結婚式楽しみにしてたのに、俺のせいで台無しにしちゃったな……」 まさか、あの揉めてる内容が私のことだなんて思わなかった。 復縁を迫ってるとか、そんなことかと思ってた。 私、とんでもない勘違いをしてた。 勝手に勘違いして、勝手に嫉妬して、勝手に傷ついて、勝手に日向のこと避けて。 何それ、恥ずかしすぎる。 私、めちゃくちゃ最低じゃん……。 「夕姫がいないのに二次会行ったって仕方ないから最初から星夜には許可も取ってた。だけど友達は知らなかったやつがほとんどで当たり前のように連れていかれそうになって。捕まってる間に夕姫は見失うし、連絡取れないしで焦って、おじさんたちに断り入れて慌てて車飛ばしてきたんだ」 「……ごめんね。心配かけて。私、今までこんな気持ちになったことなくて。自分がこんなにヤキモチ焼きだなんて知らなかった。日向と和歌さんが付き合ってたって知って、すごいモヤモヤしてイライラして。さっきのことだって、支えてるだけだろうってわかってた。だけど、それがすっごい嫌で……日向のこと見たらつらくなるから、見ないようにして避けちゃった」 「夕姫……」 「だから電話かかってきた時にも出られなかった。日向を責めてしまいそうだったから。感情的になって、最低なこと言ってしまいそうだったから。だから最初の何回か、わざと出なかったの。本当にごめんなさい」 「そうだったのか。でも結局それは全部俺が悪いな。不安にさせてごめんな。とにかく今は夕姫が無事でよかった」 わざと電話を無視したのは私なのに。 日向は私を責めるどころか、自分が悪いからと謝り続けた。 「……日向は、私を甘やかしすぎだよ」 「当たり前。言っただろ? お前のこと甘やかすって。正直まだ全然足りないくらいだよ。もっと甘やかして俺無しじゃ生きていけないくらいにしたいんだから」 さらっととんでもないことを言われた気がするけれど、日向は 「でも、夕姫が嫉妬してくれたことがこんなに嬉しいなんて思わなかったな」 と私をギュッと抱きしめた後に何度もキスをくれる。 「夕姫。好き」 私の不安が無くなるように、私の胸に渦巻くもやが無くなるように。 優しく、甘く、温かく。 日向のキス一つで悩んでいたことがどうでも良くなってしまう。 それくらい、いつのまにか日向のことが大好きで大好きでたまらなくなっていたんだ。 日向は私に"俺無しじゃ生きていけないくらいにしたい"って言うけれど。 もうすでにそうなっているなんて言ったら、どうなってしまうのだろう。 「なぁ、夕姫」 「ん?」 「今日はもうおばさんたち帰ってくるだろうし体調もあるだろうからこれ以上手は出さないけど。明日の夜、向こう戻った後……夕姫の家泊まってもいいか?それか俺の家に夕姫が泊まってもいい」 「え……でも、次の日仕事でしょ?」 「あぁ。だから夕姫が嫌ならやめる。ただ俺が夕姫ともっと一緒にいたいだけだから。もし一緒にいてくれるなら朝会社まで送るし。……ダメか?」 「ダメ、なわけないじゃん」 そんな風に言われたら、頷く以外にない。 「私も、日向ともっと一緒にいたい」 「夕姫」 「ね、日向。もう一回キスして?」 「……やっぱこのまま押し倒していい? 夕姫可愛すぎ」 優しく私をベッドに押し倒す日向。 ねっとりとした甘いキスに酔いしれて日向の手が服の中に入り込んできた頃。 玄関の鍵が開く音がして、私たちはどちらからともなく動きを止めて顔を見合わせる。 「……ふふっ、帰ってきた」 「やっぱり今日はおあずけだな。残念」 そう言いながらも日向はもう一度触れるだけのキスをして、 「疲れてるだろ。無理させてごめん。もうちょっと休んでな。俺が行ってくるから」 そう言って部屋を出ていく。 胸の高鳴りは、しばらく治ることを知らなかった。
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