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Countdown
金曜日の6時間目のチャイムが待ち遠しくなったのは、いつからだろう。黒板に書かれた英語の問題文を書き写しながら、ついつい視線が時計の針に逸れる。
14時45分。授業が終わるまで、残り25分。約束のときまでは――20時間と15分。
ああ――会いたい。早く会いたい。
ほぼ2週間、抑え込んできた想いが胸の奥で燻っている。俺は、ずっと同性からも異性からも距離を置いてきた。他人に興味がなかったし、深く関わりたいとも思わなかったから、友達も恋人も要らなかった。それなのに――初めて知った恋にどっぷり浸かり、溺れている。あの人のことを思うだけで頬が熱くなるほどに。
ダメだ、ダメだ。まだ授業中なんだから。ブン、と首を振って気を引き締め直す。
板書の問いは、どこぞの大学入試の過去問題だというけれど、大して難しくはない。ものの5分でシャープを置いた。
授業が終わる10分前になると、教師が正答を板書してから概説を始めた。もちろん全問正解。俺は解説を聞き流しながら、再び時計をチラ見する。約束まで20時間――ああ、早く彼に会いたい。
「江口、柳井、掃除が終わったら職員室に来い」
HRの最後で担任の武中先生に呼ばれたので、寮に戻る前に職員室へ足を運んだ。ここ、白丘学園は男子だけ寮がある。男子全体の約6割が県外から進学してきた寮生だ。
「「失礼します」」
「おう、来たな」
廊下で合流した江口と並んで職員室の入口で一礼する。武中先生が、窓側の奥の席で手を上げた。
「進路希望票。未提出なのは、君ら2人だけなんだけどな?」
担任の太い眉の下の大きな瞳が、ギョロリと俺たちを交互に見上げる。
「すみません。まだ迷っているんです」
俺は、先に沈黙を破った。
「進学を?」
「いえ、進学はします」
「そうか……。江口は? 君も迷っているのか?」
「いえ、俺は……大学には、行かないかも……」
隣のクラスメイトは、気まずげに俯くとゴニョゴニョと口ごもる。
「あ? 就職するつもりか?」
白丘学園は、県内屈指の進学校だ。名門難関校にも、毎年一定数の進学者を輩出し、現役生の大学合格率も8割を超えている。
「いや……あの」
「先生、俺、ひとまず廊下に出てます」
同級生に知られたくないこともあるだろう。俺がいることで言いにくいのなら――と気を利かせたのだが、俺が一歩引いたところで、江口は突然顔を上げた。
「俺、調理師学校に行きたいんです!」
「せ……専門学校か?!」
両手を握り締め、頰を上気させて……でも真っ直ぐな瞳で担任を見返している。それは夢を見据えた眼差しだと思った。
「あの、俺、やっぱり外に出てます」
「柳井、ちょっと待て。江口は、進路指導室で話そう。先に行ってくれ」
反対に俺が引き止められてしまった。小さく会釈すると、江口は職員室中の注目を浴びながら出て行った。
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