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「柳井、ここのところ外泊が増えているよな」
武中先生は、机の上に積んだ教科書の下から青いファイルを引き出した。表紙を開くと、生徒が提出した外出・外泊届が綴じられている。一番上に、俺が今週末外泊するために提出した書類があり、ドキリとした。
「あの、増えているというか……元は外出だったんですけど」
昨年の秋から、2週間ごとに土曜日の午後だけ外出していた。それが昨年末、冬休みの帰省を切っ掛けに外泊に変わった。今年提出した書類は2回。いずれも外泊届だ。
「ここ。外泊時の連絡先。実家になっているけれど、帰ってないだろう?」
書類の該当箇所をトンと指で叩くと、担任は斜め下から俺を見据えた。
「え……」
「未成年を預かっているからな、一応学校から確認の連絡を入れるんだ。何度かけても留守番電話だった。柳井、君、どこに行っているんだ?」
「すみません。実は、市内の……知人のアパートです。絵のモデルを頼まれていて」
「モデル? おい、それって」
「アルバイトじゃありませんっ」
思わず食い気味に答えてしまった。ウチの学校はアルバイト禁止だ。バレると停学、悪くすると退学になる。俺の場合は無償だから、はっきり否定したかった。
「相手は、中学校の美術の先生で……」
「親御さんは知っているのか?」
「親の、知り合いの人です」
狡い答えだけど、嘘じゃない。あの人は、昔、俺の父の肖像画を描いた“箕尾先生”の甥なんだから。
「それなら、ちゃんと連絡先に書きなさい」
「あの、その人のところに電話するんですか」
「一応な。学校は生徒の管理責任があるんだ」
「分かりました」
仕方ない。迷惑をかけてしまうことは、きちんと謝っておこう。
「柳井、君の進路が決まらないのは、その人の影響か?」
職業柄だろうか……教師というものは時々酷く鋭い。確かにある意味で、俺が迷うのはあの人の存在があるからだ。
「……違います。俺、絵の才能とかないですから」
また狡い答えだ。美術教師に感化され、美大に行くか迷っている――そういう問いにすり替えた。
「そうか。進路希望票の締切は今月末までだからな。行っていいぞ」
「はい。失礼します」
ペコリと一礼して、退室する。武中先生は、どこまで信じただろうか。でもまさか、俺がその美術教師と恋愛関係にあるなんて――そこまでは想像の範囲外だろう。
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