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「え、結局どこにしようと?」
「ん-なんも考えてねぇばい、ばってん、あ、あっこの焼き鳥とかどうばい?」
「ええな、いこか」
福岡県博多市の下町。
私たちはここで見つけた2人の若い女性に密着することにした。
すっきりした顔立ちとスレンダーなフォルムの2人。一見そこまで量を食べるようには見えない。
見つけた時、彼女らは地元を好きだと断言しそうな誇らしい表情をしていた。そこに私たちは惹かれたのかもしれない。
「いらっしゃい、何名様で?」
「あ、撮影しても?」
「ええよ、したらそこのテーブル座って」
指をさされたテーブル席には、すでに頼んでもいない焼き鳥が盛られている。オレンジ色の照明にあたって、たれの照り具合が事細かに見える。そしてそれがまた、たれの味を想像させ、それ以上に焼き鳥のうまさを想像させる。
「ふう、やっと座れるばい」
「こちら、お通しのたれと、ねぎまね。」
白い皿の上に乗った二本の焼き鳥串。軽い荷物を置いた彼女らはそれに手を付ける前に、メニューを見る。
「うーん、ウーロン茶とかにしとこかなぁ」
「飲まんと?」
「ええ?」
「飲まんと?」
「うーん・・・ばってん、」
「飲まんと?」
「あーもう、飲むばい!店員さん、うちビールで」
「うちは、黒霧島ストレートで」
「はいよ、お食事は・・・?」
「うーん、とりま定番頼むと?」
「そうね、そうしよかね」
「えーじゃあ、もも、かわ、レバー、つくね、ささみ、手羽先、むね、なんこつ、ハツ、ぼんじり、せせり、こやんもん?」
「ん、あーっと、たれと塩とどっちもで」
「はーい」
ほどなくして、順番に酒と料理が顔を出す。
透き通る透明な液体が深緑色の濃ったグラスに注がれる。対面にはグラス満々に泡立つ冷えたビールが彼女の顔を隠していた。
コンっと大小異なるグラスを合わせ、一瞬の沈黙のうちに幸せそうなため息が口をつく。恍惚に染まった彼女らの表情は何も口にしていない私たちを容易く魅せている。
ももが運ばれてくる。
「一本ずつばい」
どちらがその言葉を発したのか。そんなことが気にもならないくらい唐突に、彼女らの猛食は始まった。
すでに湯気が見えなくなった、お通しのねぎまを真ん中までほおばる。
右手に半分になったねぎま、左手に湯気が照らされ香ばしいたれが光り輝くももを持ち、右に左にと串をしゃぶり引き抜き咀嚼する。
口の周りについたたれなどお構いなし、むしろそのたれでさえ美味しそうに見える。
薄い色をしたハツ。振りかけられた細かい塩が焼き色に染まっている。嬉々とした目で鬼気とした表情で食べ、噛み、飲み込み、そして食べる。
いつまで続いたのか、おそらくそこまで長い時間ではなかったはずだ。最後のとどめか、手羽先がやってきた。二人とも酒はほぼなくなり、串を持って食べているはずなのに手からたれの香りがする気がする。
両者一寸の抵抗もなくその手で骨の両端を持ち、顔を近づけしゃぶる。
食べる。
食べる。
香ばしい焼き色がつく皮はパリパリと鳴りながら口の中で崩れ落ち、その皮に守られていた肉が顔を出し、アクセントの利いた食感も与える。
きれいにはぎとられた骨を皿の上に置いて、指を手拭きで拭い、一息。
「うまか」
「とりあえずお腹膨れたばい」
もうほぼ氷が溶けた水滴を飲み干して、二人は席を立った。
え、もう出るんですか?まだ、最初に頼んだ分しか食べてませんよ?
「いつもそうばい。うちら、最初に頼んだ分食べたら、いつもおでん行くんよ。」
あ、そうなんですね。それはまた珍しいルーティンですね。
「ルーティンなんて・・・ふふふ」
店を出て二人が進むその足は迷いない。
行き交う千鳥足のサラリーマンの横をするすると抜けて先へ行く。まるで決まった場所に向かっているかのように。
次に行く場所は決まっているんですか?
「そうやね、二次会は大体ここやね。」
時は21時。まだ夜の入り口。
闇という静けさに人のざわめきが勝る時間。
明るく真下を照らす街灯は、月より強く昼のように人々を照らす。どこかしこで叫び声が大声が聞こえる。活気があるなと感じるのはきっとこの光景を見てからだろう。
そんなきらびやかな大通りから一本外れた夜道に彼女らの目的地はあった。
昔ながらの小さい屋台。席はたまたま空いている。わずか5席。
店主の練りに練られた至極の逸品を食べられるそこは。焼き鳥で荒れた胃を慰めるやさしいおでん屋。
「おっちゃん、いつもの」
そのセリフは齢40の熟練サラリーマンが発しているかのよう。”いつもの”という合言葉だけで、二人分の日本酒が出てくるほどの常連だとわかる。
「そっちは?」
あ、私ですか?じゃあ、失礼して、同じものをお願いします。
ここがいつも行くおでん屋ですか?
「昔住んでた家の目の前で屋台やってて、もう毎日来てたっちゃんね。もう顔なじみどころかって感じなんやけど。」
と喋っている間に、一品目が目の前のおでん出汁湯から顔を出す。
厚揚げ。
黄みがかった光がおでん出汁のしずくを照らし、三角形の底辺を司る豆腐はその白さが際立ちのっぺりとした顔をのぞかせている。
「ふぅふぅ、はぁ、はふぅ、ん」
冷まそうと息を吹きかけるもそれに呼応し、厚揚げにしみた出汁の匂いが鼻を刺激し、迫りくる食欲を抑えきれず熱いまま口の中に入った。口の中を冷ます吐息が思わず漏れる。
「うまか」
言葉も思わず漏れる。あまりにも幸せそうな二人の表情を見て、私も思わず食べたくなった。
いただきます。
手を合わせて箸を持つ。
皿を口に近づけ、近づけなくても香るおでんの匂いを感じながら一口に食べた。
熱い、熱い、が、うまい。
安ものの厚揚げと比べるのもどうかと思うが非常にうまい。
揚げがぶ厚い。
咀嚼するたびにおでんの熱い出汁が染み出て、それが豆腐の味を引き立たせる。
「ふううまい」
「あーよかったばい。」
口の中でほろほろと崩れ去るそれの美味しさに名残惜しさを感じながら、その言葉を聞いた。
今日はありがとうございました。
「こんなんでいいと?」
はい。非常にいいものが撮れました。
「そう。うちら、3次会も行くけん、じゃあ、ここで」
まだ行くんですね、すごい。僕なんかもうおでんだけでお腹いっぱいになっちゃいました。
「うちらも満腹よ?けど、やっぱり〆はラーメンばい。ね?」
「ん、こりゃあ明日はダイエットしないとなぁって毎日思ってる気がするわ。」
「ははは」
お腹をさすりながら笑い合う。
食は人を幸せにし、人を心の底から笑顔にさせる力を持つと、ロケを繰り返すたびに思う。
本当に今日はありがとうございました。
「よかばい、よかばい。また博多さ来たらおいしいとこ教えるっちゃね。」
そう言って彼女たちはまた大通りを避け横道の闇に消えていった。
夜は更けたものの、街灯と活気が街をまだまだ明るく輝かせる。
彼女たちは今日この後ラーメンを食べて、明日もおいしいご飯を食べて、きっとここにまた私が来た時もあの温かいおでんを食べているのだろう。
福岡県博多市の下町。
私も、そしてもちろんここに集う老若男女誰しもが、食べることで笑顔になる。
きっと明日もいつまでも。
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