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参加コンテスト『あなたを消した理由』
title:淡恋のけじめ
* * * * * *
半分に切ったプリクラをハサミで粉々に刻む。片手に掴んだ掃除機が、轟音をたててチリチリとそれを吸っていくのをどこか他人事のように見つめていた。
「いい加減、吹っ切りなよ」
アイスを食べながら、というより、アイスをかじりながら彼氏らしき人物にメッセージを送る友人の声に「どうやって」と、どこでもない空を眺めて聞いたのはもう五時間も前のはなし。人が行き交う繁華街でも、帰宅部員が吸い込まれる駅でもなく、近くの公園で、ブランコの音が聞こえるベンチに腰かけながらそんな話をしていた気がする。
話題は、たった数か月の元カレについて。いや、元カレではない。付き合う、付き合わないの話はしていなかったが、それなりの関係は築けていたと思うくらいの淡い仲。寝る前に電話をして、暇があればメッセージを送りあって、休みの日は一緒にでかけて、手をつないでキス……以上のことを数える程度行っただけ。
その関係に名前はない。
だから、彼に彼女ができたことを怒ることも、とがめることもできず、ただ黙って受け入れるしかなかった。
「だから告れつったじゃん」
そうすればもっと気持ちの行き場があったのにと、どこか悟ったような同年代の友人は言う。
「そんなこと言ったって」
「都合のいい女になっちゃったのは自分の落ち度だかんね」
辛辣な言葉にぐうの音もでない。
変なプライドが邪魔をして、正式な関係に持ち込めなかったのは確かに自分の落ち度だと認めざるを得ない。臆病な自分は、すべてにおいて元カレの今カノとやらに負けたのだ。わかっていても、わかりたくはない。
もう少しだけ現実逃避をして、悲劇のヒロインぶりたい心を隣の女はバッサリと切り捨てる。
「全部、消して、全部、捨てな」
「……え?」
「アドレス、お揃いのストラップ、あと、撮ったプリクラだっけ?」
どうせそれくらいでしょと、確かにその通りの指摘にも黙るしかない。
「あ、あんたには慈悲ってもんがないの?」
それでも親友かと、負けじと吠えた声を彼女はアイスの棒を指でつかみながら、こちらをにらんだ。
「彼氏との約束蹴って、付き合ってんだけど?」
「……すみません」
アイス一本じゃ愚痴代にもならないと、ぼやく声は、この際聞こえないふりをするに限る。
今さらグダグダ言ったところで、どうにもならないことだとわかっている。自問自答は何回目だろう。今日一日で、心をすり減らすくらいには繰り返した気がする。
「はぁ」とわざとらしい盛大な溜息が、食べ終えたアイスの棒をかじりながら携帯をポケットにしまい込んだ。
「で、どうすんの。カラオケ、駅前のカフェ、映画?」
「……え?」
「あとはなんだっけ。ろくな場所行ってないな」
「な、なにが?」
「ああ、そうだ。電車でどっか遠くまで行くってのでもしてみよっか」
のびをして立ち上がり、名案だと振り返った友人の顔に涙腺が緩む。
カラオケも駅前のカフェも映画も、電車であてのない旅の提案も、全部、全部、淡い記憶のなかで無邪気に語った思い出ばかりだ。
「苦い思い出の場所はさ、楽しい思い出で塗り替えていけばいいよ」
「……うん」
「次はさ、怖がらずに全力でぶつかれる相手だったらいいね」
「……っ……うん」
それからは、年甲斐もなく散々に泣いた。化粧が崩れるとか、鼻水が垂れるとか、人目が気になるとか、そういうことを一切気にしないで、友人の細い肩を借りて泣いた。
「ありがとう……それから、ごめんね」
「いいって」
彼氏との約束よりも、失恋で傷心する女を優先してくれた友人の存在がありがたい。
とぼとぼと、なぜか手をつないで帰り道を一緒に歩いていると、ふと、顔を上げた先を見知った影が横切っていった。
「……あ」
向こうは気づいていない。気付きもしない。こんなに近くを通り過ぎているのに、彼は彼女しか見ていなくて、頭ひとつぶん小さな彼女は彼の顔しか見ていない。
密着した距離、聞いたことのない甘い声、見たことのない笑顔。
現実とは残酷で、それからどうしようもなく無慈悲なのだと悟るしかない。
この町は、失恋を知るには狭すぎる。
「……道、変える?」
足を止めたことに気配を呼んだ隣の声が、遠慮がちに提案を口にしてくる。
「はぁ」と今度は自分が深く呼吸を吐いて、それから携帯を取り出して、メッセージ画面をスクロールしていた。そのときに、カバンについたストラップを引きちぎり、力強く握りつぶす。
「は、え、なっ、なにしてんの?」
突然の奇行に、頭でもおかしくなったと思ったのかもしれない。
いたって正常だと証明するために、携帯の画面を見えるように寄せて「ブロックしました」の表示のあとに、連絡先を削除する工程を見守ってもらった。
「いいの?」
あれだけ消すことを薦めてきたくせに、いざ実際目の前で消すと、立場が逆転したことが少しだけ面白い。だから、ふふっと笑って「いいの」と答えてみせた。
「それ、どうすんの?」
握りしめたままのストラップを言っているのだろう。無意識に強く握りしめていたせいで、指先がほんの少しだけ白んでいる。
ゆっくりと開けたそこには、傷心をえぐる形をした思い出にもならない代物。
「ちゃんと捨てるよ」
「……そっか」
「うん。あ、ね。合コン開いてよ」
「あたし、彼氏いるんだけど?」
「じゃ、誰か紹介して」
「えー、やだよ」
そう言いながら笑って帰る。笑って帰ってこれたから、ストラップをゴミ箱の中に捨てて、机の引き出しにしまっておいたプリクラを引っ張り出して、ハサミで粉々に切り刻んで、掃除機で吸っている。
救いにも何にもならない行為。それでも、確実に何か変わった気持ちのけじめに、前向きな気持ちが芽生え始める。
挑め続けた残骸。最後の欠片が吸い込まれて消えていくと、なぜか無性に恋をしたくなった。
「あー。私も彼氏欲しいー」
そう叫んだ声の大きさに自分でも驚いて、ついでに夜の窓に映る自分の姿にちょっとだけ笑う。次は、もっと実りのある恋がしたい。けれど、その前に、伸ばした髪をバッサリ切るのもアリだなと使い慣れたスマホの画面に指を躍らせた。
完
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