女神様のお部屋

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 掃除屋フィアは今日も賑わう商業区をぶらつきながら、足元のゴミを拾っていた。別に物乞いや乞食の類ではない。これが彼の仕事だった。揉め事の多い商業区を中心として王都全体を歩き回る。ゴミを拾うこともあれば、落とし物を見つけることもある。ならず者を騒ぎになる前に処理することもあれば、迷子に声をかけたりもする。うわさ話を流し聞きながらトラブルの火種を嗅ぎ付けることもたまにある。要は便利屋、何でも屋の類。それが掃除屋フィアの生業だった。慈善事業や自警団なんて正義感のあることではなく、ギルド連合との契約で行っている立派な仕事だ。 「お、フィアじゃねーか!まーた昼間っから酒飲んでんのか!」 「飲んでねーよ!」 「千鳥足じゃねーか!」 「元からこういう歩き方なんだって言ってんだろ!」  通りに面した屋台のおやじとの会話も日課の1つ。フィアはこの街が好きだった。大小の歯車が噛み合って時計が動いているように、ここに住むすべての者が各々のスケールで命を刻んでいる。美しい調和。その調和の乱れを嗅ぎ付けるのがフィアの仕事だった。  人ごみの中を歩くフィアは気だるげに見える。騎士のように堂々としているわけでもなく、商人のように愛想を振りまくわけでもなく、盗賊のように獲物を探すギラつきがあるわけでもない。ただただ、独特の間でゆらりゆらりと歩いている。 「水路に反応あり。道順をまっすぐに辿っています。お客様かと」  すれ違った町娘がフィアにしか聞こえないような独特の声音で囁いた。フィアはうなずきもせず進路を変える。誰に隠すでもなく、しかし誰にも悟らせぬように。  フィアにはもう1つの顔があった。暗殺稼業。王都で最も手練の"掃除人"。依頼があれば誰彼問わずというわけではない。しかしだ。案件を吟味しているとは言え、法外な報酬を手にして命を掃き捨てる裏の仕事。褒められた仕事ではない。 「まともな客だと良いんだけどね」  誰にともなくぼやきながら、街にいくつもある隠し通路を通ってアジトへと降りていく。認識疎外の術式が仕込まれた装束に着替え、仮面で顔も隠す。この装備だけで家が建つと言われたことがあるが、あまり興味は無い。狭いアジト―正確にはフィア専用の窓口―に降り立つと、カウンターの椅子に腰掛ける。まもなく目の前の扉が開く。 「ねぇ!なんなの!暗いし狭いし分かりづらいし!」  扉を開けながら文句とは、元気なお客さんだ。女性、ぼろぼろの白い服、くすんだ金髪。人買いから命からがら逃げてきた御令嬢だろうか。少なくとも冒険者ではなさそうではある。いや、そもそも。 「初めまして。失礼ですが、ここへの道順は誰からお聞きになりましたか?」  名前よりも先に、すべての客に聞くことだ。偶然道に迷って辿り着けるような場所ではない。特定の道順と手順。それらを完璧にこなさなければ、ここには到着できない。 「誰って…普通に調べたのよ」  調べた?情報漏洩か。本当ならば由々しき事態だ。この女性は果たして何者なのか。フィアの警戒レベルが上がっていく。 「急いでるの。あなたが掃除屋さんでしょ?うちを掃除して欲しいの、今すぐ」 「掃除、ですか。いや、ちょっと待ってください。内容より先にここまでの道のりを」 「廃村の枯れ井戸の底にある通路を通ってここまで来たのよ!一本道よ!どこの角をどっちに曲がったとかいちいち覚えてるわけないじゃない!途中から水路に出たけど、ずっと地下だし、じとじと湿っぽいし最悪よ!変な仕掛けもあったし!ねぇ、急いでるのよ!」  本当に正規のルートを通っている。転送魔法で強引に割り込んできたわけではない。しかし、変な客だ。誰の紹介か素直に明かせば良いのに。訝しむフィアを見て、彼女は最後の切り札とばかりに口を開く。 「これならどう?あなたの本名は!」 「は!?ちょ、待て!待て!!」  こいつ今何を言おうとした?本名?そんなもの知ってる人間なんて数人だけしかいない。厄介が過ぎる。一刻も早く拘束しよう。話はその後だ。 「もういいわ!」  フィアがカウンターを飛び越えるのと、彼女が叫ぶのは同時だった。 「スティン・ザウル、私とコイツをあの場所へ…神域へ飛ばしなさい!」  いつの間にか服を掴まれ、閃光に包まれる。いや、なんなんだ。なんなんだよ、この客!
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