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【私のこと】
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・【私のこと】
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気付いた時には病室にいた。
否、病室で寝ている自分を立って、見下ろすように見ていた。
幽体離脱というものなのかもしれない。
でも私のいる六人部屋の中央には、時折看護師が様子を見に来るだけで、家族が来るようなことは無い。
一体私は誰なんだろうか。
幽体離脱のくせに、記憶喪失。
分かることは私のベッドに書かれた加奈手桃子という名前だけ。
六人部屋の中央は窓が無いので、外の様子を見ながら、黄昏ることもできない。
だから私はドアを通り抜けて、病院の屋上に来ていた。
どうやら私はモノに触れることも、通り抜けることもできるようだ。
でもそれは元気だった頃の私の情報ではなくて、幽体離脱している私の情報だ。
床を通り抜けることもやろうと思えばできるのかもしれないが、一応しないつもりでいる。
急に落ちるような感覚を味わうだけならまだしも、そのまま通り抜けを止めることができなくなって、地の底まで落ちていったら怖いから。
「でも、いっそのこと、このまま死んでもいいかな」
なんてか細い声で、呟いてしまったその時だった。
私の目の前に、古い木材で作った木船のようなモノが飛んできたのだ。しかも相当大きい。
海、じゃなくて空を飛んでいる木船。木材は煤でもついたかのように黒っぽく変色している様子だけども、元気に飛んでいる。
いや元気に飛んでいるじゃなくて。
まず木船は飛ばない。
一体どういう怪奇現象なのかと震えていると、その木船から何かが飛んできた。
一瞬、拳銃の弾丸かなと思ったけども、私の傍で金属音が跳ねる音がして、その音がしたほうを見ると、見たこと無い、記念硬貨のようなコインが屋上の床に落ちていた。
「コイン……」
そう思って前のめりに眺めようとしたその時だった。
そのコインから白い煙が出現して、私は後ろに仰け反った。
よろめいて、倒れそうになると、その白い煙から人影が出現して、私の腕を持って、倒れないように支えてくれた。
一体何なんだろうかと思っていると、徐々にその白い煙は晴れていき、その、まるでコインから出現したような人は女性だった。
お団子ヘア、いや、お団子の中央に輪っかができている。それが頭上に左右一個ずつ、計二個ある。
その女性は少し気の強そうな目頭をしているけども、口角は上がっていて、とても機嫌が良さそうだった。
「どうしたの! 悩みなら何でも聞くよ!」
そう言って私の腕を持っていないほうでサムズアップしてきたその女性。
正直理解できなくて、立ちながらもあわあわしてしまうと、その女性はこう言った。
「アタシは弁財天! 七福神だよ!」
そんな信じられないようなことを平然と口にしたその女性。
そう、信じられない、信じられないんだけども、目の前で信じられないようなことが起きたので、信じるしかないのかもしれない。
私はうろたえながら、
「弁財天……?」
とオウム返ししてしまうと、
「そう! ちなみにあれは宝船ね! 今貴方、暇でしょ! じゃあアタシの仕事を手伝ってくれないかな!」
「弁財天、さんの、仕事、ですか?」
「そう!」
何だかすごく元気な女性だ。七福神といったら年配のイメージがあったけども、この女性は若々しくて、二十代で通るような肌つやをしている。
急に暇そうだから仕事を手伝ってほしいって、何だか失礼な気がするし、なんといっても、
「私、幽体離脱していて、この病院から、多分離れないほうがいいんです」
と大切なことを伝えると、弁財天はフフッと笑ってから、こう言った。
「大丈夫! 七福神と一緒に居れば神の力で死ぬことはないから! だからむしろ七福神とは一緒にいたほうがいい!」
そうなのか、な……でも本人がそう言っているし、そうなのかもしれない。
でも、
「家族が来た時に、何らかの接触をしたほうがいいと、思うので」
「じゃあ千里眼でいつでも見られるようにしておこう! 七福神はワープ機能もあるからいつでも戻れるよ!」
「ワープ、機能……」
そんなロボみたいな言い方と、思ってしまったけども、何だかそんなような気もする。
とにかく、コインを飛ばして出現してきた時点で、それはもう規格外だから。
「他に気になることないっ? 何でも答えるよ!」
目の前の宝船はその場に留まり、ふわふわしている。
どうやら私が手伝うと言うまで動かないような気でいるっぽい。
でも、私は何だか、この、弁財天という人に流されてしまうことに抵抗があって、
「でも、いいです。私って記憶喪失で、家族も全然来ないし、いっそのことこのまま死んでもいいかなって思うし」
すると弁財天が私の両手を握ってきて、
「じゃあ暇だ! 死ぬ気なら暇だよね! 手伝ってくれるってことだよね!」
と言ってきて、そう解釈するか、と少し呆れてしまった。
いやいいや、ここはハッキリ言おう。
「すみません、そういう手伝うとかの活力も無いので、お断りします」
頭を下げた時に、何だか、こんなこと自分でもできたんだと嬉しくなった。
何でちょっとだけ自己肯定感が上がったのかは分からないけども、こう、断ることが少し快感だった。
すると弁財天は唸り声を上げてから、
「じゃあプレゼンするね!」
と言い出すと、どこからともなくフリップネタのようにフリップを出現させて、説明を始めた。
「まず手伝う内容! アタシと一緒に、他の七福神が作る料理の審査をします! 基本はそれだけ!」
フリップには料理を食べてほっぺが落ちそうな表情をしている弁財天さんの絵が描かれていた。
料理の審査って何だろうと思っていると、
「アタシ以外の七福神は男子なので、血気盛んでよく喧嘩するの! それをいっつも料理対決で決着を付けるんだけども、その審査がまあどうすればいいかって感じで! 一緒に審査してくれる人がいると嬉しいかなって思ってます!」
次に出したフリップには大盛りどんぶりにカレーが掛かっている絵で、若干内容と絵が違うようなと思っていると、弁財天さんが、
「いっけね! この絵は大黒天が出品した絵画コンテストのヤツだった!」
と言いながらすぐさまフリップをめくって、いがみ合ってる男性六人の絵を出した。
大黒天が出品した絵画コンテストって何なんだろうか、絵画コンテストの絵をフリップと混ぜて置いておかなければいいのに。
「七福神の料理は美味しいので結構楽しい感じだと思います!」
フリップをまためくると、最初と全く同じく、弁財天さんが美味しそうな顔をしている絵が出てきた。
何か他の七福神の絵に比べて、自分の絵は精巧に、かつ、美しく仕上げているなぁ、カラーも凝っているし。
「あと料理対決は基本的に宝船が飛んでいる地域の特産品で料理するので、いろんな特産品が食べられるし、あとその地域の観光ができます! 観光もワープ機能を使ってやるので、楽しいがすぐ!」
フリップをめくると、弁財天さんがバスケットをしている絵が出てきて、どんな観光なのかなって思った。観光している時にバスケットとかしないでしょ。
「でもデメリットが一つ! 七福神的に、神的に民の悩みを解決しないといけないので、観光中にその仕事はしないといけません!」
またフリップをめくると、バスケットボールを汚れた顔のアンパンマンに向かって投げている絵が出てきた。
いやアンパンマンにバスケットボール投げても、バスケットボールパンマンにはならないかなって思うよ、普通に凹みが一個増えるだけだと思うよ。
「最終デメリット! 全体的にアタシがうるさい!」
と言ってフリップをめくると、弁財天さんの顔のアップの、写真が出現して、そこ絵じゃないの、意味分からないなぁ、と思ってしまった。
「さぁ! 貴方! アタシと一緒に仕事を手伝ってくれないっ? アタシは本当にうるさいけども! 全然攻撃的なうるさいとかじゃないからさぁ!」
そう言って頭を下げた弁財天さんの手にはもうフリップが一枚も無かった。
こんなしっかり説明してくれて、メリットとデメリットも教えてくれて、何だかこんなに私に向き合ってもらえたことはなかったような気がして、
「ちょっとだけなら、いいですけども」
と気付いたら言ってしまっていた。
すると弁財天さんは顔を上げて、バンザイしながら、
「やったぁ! じゃあこれから一緒に宝船に行こう!」
と言うと、そのまま手を挙げっ放しだったので、きっとハイタッチしたいんだなと思ったけども、そんな初対面の人とハイタッチなんて思っていると、
「アタシはハイタッチを所望しています」
と何故かちょっと棒台詞で言ってきて、まあハイタッチするしかないのかと思って、ドキドキしながらハイタッチしたその時だった。
急に体が浮いたような感覚がしたと思ったら、ぶわぁぁあっと目の前の光景が目まぐるしく変わり、しっかり視点が落ち着いた時には、木造の建物の中にいた。
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