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俺は東京タワーの建物の中を出る。夜の帳が完全に降りようとし、外気が冷え始めていた。
「寒い……」
冷たさが身に染みた。俺はポケットの手を突っ込む。突っ込むと同時に携帯がなった。ポケットから携帯を出して画面を覗く。
要からだった。
”今日サトシを迎えにきたおばさんだけど。小学校に上がってすぐ、蒸発したサトシの母さんだよな? 家に帰ったら、母ちゃんが写真のデータを持ってたわ”
メッセージの後に写真がはってあった。東京タワーを背に、笑顔で並ぶ母親と俺の姿だった。若くみずみずしい女の姿が写っていた。
「綺麗ぽくしてたけど、やっぱりだいぶ老けたんだな。でもこの頃と笑顔は変わらない。満開だな」
その写真の中では、東京タワーの足元で、桜が満開に咲いていた。
(俺はあの女の写真を全部消したのに、要の母親が持っていたのか)
俺は振り返り、母親がまだいる東京タワー見た。するとライトアップされて闇から照らし出された、赤く巨大な東京タワーが目に飛び込んできた。ダイナミックで美しいフォルムに俺は圧倒される。圧巻の迫力に押されて、張り詰めた気持ちが途切れた。
「この世のものとは思えない凄みがあるな。クソぉ。なんだよ……、なんで……」
俺は再び失望したのだ。
――俺は涙に不意討ちを食らった。
消した記憶の彼方で味わったのと同じ味だ。
――記憶から消した女に誘われて、親父に悪いと思いながらも、ここまでのこのこ付いてきたのは、淡い期待があったからだ。俺は花冷えの季節に、再び寒さを味わった。
霞む目で東京タワーを仰ぐ。天を見上げ、延々と宇宙に伸びる東京タワーを見続けた。タワーを見るうちに涙は止まった。
それで俺は見るのを止めて、袖口で涙を拭う。俺は握りしめていた携帯を開き、送られてきた写真の削除マークをタップした。写真がゴミ箱のマークに吸い込まれていく。写真の削除を見届けて、ポケットに携帯を突っ込んだ。
見上げすぎて痺れた首を、ほぐすように揺さぶった。それから地面に向かって言葉を零した。
「俺の人生から母さんを2度消したけど、アンタの人生は消すなよ」
大きな東京タワーを背にした俺は、親父への秘密を1つ増やして、春寒を振り払うように、足を勢いよく踏み出した。
――fin――
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