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忘却の南柯の夢、東京タワーに馳せる
俺は友達2人と下校のため正門を出て、立ち止まり歩道に植えられている桜の木を見た。桜はほとんど散ってしまった。それなのにまだ肌寒い。
――俺は春の寒さが苦手だ。早く春が終ればいいのに。
桜を見る俺に友達が言う。
「桜なんか見てないで行こうぜ」
「ああ、そうだな」
俺は歩き出そうとした。
その時、女が「聡」と声を掛けてきた。俺と友達たちが女を見る。女は俺のことしか見ていない。女が俺へと一直線に向かって来た。それで友達2人が気を利かせて、俺と女から少し距離をとる。
女は俺に笑いかける。花のような笑顔だった。俺は女に訊ねる。
「あんた誰?」
女が俺を見つめる。
「私よ。忘れたの?」
「私って言われても、俺はアンタの事を知らないからさぁ」
女と喋る俺の耳に、健人と要の会話が聞こえてきた。俺は耳を凝らして、二人の会話も聞く。
「なぁ、要ちゃん。あの女の人、誰なのか知っている?」
「知らないよ」
「幼馴染の要でも知らないか?」
「幼馴染で仲がいいとは言っても、何でもかんでもは知らないよ」
「それにしても美人だなぁ」
友達の話しを気にする俺を女が見つめる。
「まさか……、そんな、私はあなたの……」
「それ以上、アンタの正体について話すなよ。用を言えよ」
――アンタは俺の記憶から消されて、居ないことになっているんだ。察してくれ。
と俺は思った。
女は俺の言葉を受けて黙った。
女が黙る間も、俺は友達の会話を気にしていた。
要が言う。
「健人は美人が好きだなぁ。相当、年上だぞ」
「俺は美人なら、あのくらいの年まで守備範囲だぞ!」
「しかしなぁ……」
要はジロジロと女の顔を見る。
要の様子を見て健人が文句を言う。
「何? 悪いかぁ。年上だって良いだろう?」
「いや、なんか見覚えが……」
女は気を取り直したのか、俺に言う。
「一緒に行って欲しいところがあって」
「俺と?」
「ええ、あなたと一緒に行きたいの」
「今から?」
「そうなの」
「いきなり来て、一緒に来いって言うの?」
「ごめんなさい」
「まぁ、いいか……。今日は親父の帰りも遅いし」
少し離れて喋りながら待つ要と健人に声を掛けた。
「悪いけど。先に帰ってくれない」
「ああ、分かった」
要が軽く手を上げて、歩き出す。
要が歩き出すのを見て、慌てて健人が「待ってくれよ」と言い後を追う。
女が友達2人の去って行く姿を見て言う。
「聡、ごめんなさい。友達と一緒に帰るところだったのに」
俺は口を歪ませた。
「俺はアンタの事を知らないのに、どうして俺の名前を呼び捨てするんだよ」
女はビクリと身体を動かした。
「あ、ごめんなさい。私……、そうね。聡さん」
俺はぶっきらぼうに聞く。
「それで、どうするの?」
「どうするって?」
「一緒に行って欲しい場所があるんでしょう?」
「あ、そうなの。行ってくれるの?」
俺は意地悪を言う。
「行かなくても良いの?」
「あ、そんな……。お願い一緒に行きましょう」
女は何も入らなそうな小さなバッグから、携帯を取り出し電話をかけた。
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