忘却の南柯の夢、東京タワーに馳せる

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 すると直ぐに乗用車が女と俺に横付けされて停まった。  乗用車から女と同世代の男が降りてくる。  「君が(さとし)さんか……。僕はこの(ひと)の……、夫の、長瀬です」  俺は会釈した。  男は乗用車の後部座席のドアを開けたながら言う。  「(さとし)さんは、反対側の後部座席のドア開けて、自分で車に乗ってくれる?」  俺は言われるがまま反対側のドアに回って、後部座席に腰掛けた。  俺は自分の乗り込んだ反対側の席を見る。女がまだ席へ座れずにいたからだ。長瀬は女の肩や腰を支えて、女が車に乗り込むのを手伝っていた。車へ乗り込むにしては、だいぶ時間をかけて女は座席に座った。シートベルトも長瀬がハメてやる。俺は手伝いもせず、その様子をジッと見ていた。  女が席に座って、ようやく長瀬が運転席に座る。そして車が走り出した。女はただ車に乗り込んだけなのに、ひどく息を切らして、ゼイゼイと苦しげに息を吐いている。  俺は女を横目で見て言う。  「何処か悪いの?」  「そうね。分かる?」  「まぁ、今のアンタを見たら、誰でもそう思うんじゃない?」  女は上目遣いでたどたどしく話す。  「うん、そうか……。でもプライベートな話は言い辛いかも……」  「そうだよな。確かに俺たちはプライベートな話しをする仲じゃないもんな」  「そんな意味じゃないわ」  「じゃぁ、どんな意味なの?」  女は困り顔に笑顔を足したような顔で俺をジッと見てきた。  「そんなトゲトゲしい態度しないで。その話しは重すぎるのよ。ねぇ、今だけでいいのよ。ほんの僅かでも、私のことを思い出してくれたら嬉しいわ」  俺はこの女を嬉しがらせたくはない。  「でもさ。俺はアンタなんか知らないんだ。知らない人のこと、どうやって思い出すの?」  女は気落ちした風に言う。  「確かにそうね。知らないものは、思い出しようがないわね」  俺のキツイ物言いに、たまらず長瀬が口を挟む。  「ちょっと、(さとし)さん、その言い方は、キツすぎ……」  長瀬を女が制する。  「いいの。(さとし)さんがそう思うなら。仕方ないから。いいの。あなたが(さとし)さんを叱ったりしないで」  長瀬が黙る。  俺はまた聞いた。  「それで何処に行くの?」  「東京タワーよ」  「東京タワーぁ?」  「そう、昔、一緒に行ったじゃない? 小学校上がる頃に、(かなめ)くん親子と遊びに行ったじゃない?」  「そんな事は知らない」  俺はうつむき、しゃべるのをやめた。俺の横顔を女が見つめる。俺は女の視線に、いたたまれなさを全身で感じた。
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