1人が本棚に入れています
本棚に追加
結局そのまま俺たちは、東京タワーに着くまで無言だった。東京タワーの付近に着くと、長瀬が言った。
「俺は車を駐車場に入れて、その辺で待っている。何かあったら呼んでくれ」
東京タワーの入り口近くで、女と俺は落とされた。
東京タワーの赤く硬い足元を見て、俺は聞いた。
「わざわざ東京タワーに上るの? 金かけて上るなら渋谷スカイとかのほうが良いんじゃないの? 都民なら東京タワーは遠足でも行くしさ」
「東京タワーがいいのよ。チケットはもう用意してあるの」
女は杖をつきながら歩き始める。女はゆっくり亀みたいな速度で歩く。ノロノロ進む女の横を、俺はスピードを合わせて歩く。
エントランスに入るとすぐに、受付とエレベーターのドアが見える。見えてからもなかなか受付に到着出来ない。
そしてようやくエレベータに乗ると俺は聞いた。
「杖がないと歩けないの?」
「そうね。杖がなくても歩けると思うけど。体が安定しないと思うの。だから杖はあったほうが良いわね」
「いつから杖を使っているの?」
女が笑顔になる。
「心配してくれるの?」
俺は即答した。
「心配なんかしてない」
エレベータのドアが開く。
女と俺はエレベータから降りる。
「夕暮れか……。その割に人が少ないな」
「そうね。少なくてよかったわ」
俺たちは大きなガラスの窓に近づいて歩いて行く。
展望台のガラス窓から東京が一望できる。
女が言う。
「あの方向が、聡さんの高校のある方角ね」
俺はなにげに聞いた。
「アンタはどっちの方角に住んでいるの?」
「私……、そうね。でも車のナンバープレート見たでしょう?」
「見た」
「分かるでしょう?」
俺は地図を宙に思い浮かべた。
「遠いな。その体でここまで来たの」
「そうよ」
「一人で車の乗り降りも出来ないのに。無謀だな」
「そうね。でも、聡さんに会って、約束を果たしたくて……。前に来た時、また上ろうって約束したじゃない?」
「約束なんて知らない」
「忘れたんじゃなく、知らないのね。それでも……、私は約束したから。今……、約束を果たさないと」
女は無言になって、俯いた。
俺は女が、泣くのを堪えていると思った。
女が口を開くのを待ったが、あまりにも喋り出さないので俺が喋った。
「約束なんていいよ。どうせアンタは俺の知らない人だ」
「私は聡さんの知らない人かァ。でもあれは覚えているでしょう?」
女が笑い。俺は訊ねる。
「あれって何だよ」
女が俺を誘う。
「乗ってみましょうよ」
「何に乗るんだよ」
女がニヤニヤと笑った。
「ガラスの床よ。聡さんは、前回来た時、ガラスの床が怖くて要君と一緒に泣いたのよ」
俺は子供扱いされて腹立った。
「いつの話だよ。バカにするなよ」
「バカにしてないわ。あの頃の聡さんは可愛かったなって思っただけ。乗りましょう」
俺は女に、小馬鹿にされた気がした。本当にムカついた。
「イヤだよ」
「まさか今も怖いの?」
ヤケクソ気味に俺は言う。
「そんなはずないだろう!」
女がニヤつく。
「分かった乗れば良いんだろう?」
2人で展望台の床がガラス張りになった場所へ移動した。
ガラス張りになった床板部分を、そうではない床板の場所から2人は覗き込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!