忘却の南柯の夢、東京タワーに馳せる

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 結局そのまま俺たちは、東京タワーに着くまで無言だった。東京タワーの付近に着くと、長瀬が言った。  「俺は車を駐車場に入れて、その辺で待っている。何かあったら呼んでくれ」  東京タワーの入り口近くで、女と俺は落とされた。  東京タワーの赤く硬い足元を見て、俺は聞いた。  「わざわざ東京タワーに上るの? 金かけて上るなら渋谷スカイとかのほうが良いんじゃないの? 都民なら東京タワーは遠足でも行くしさ」  「東京タワーがいいのよ。チケットはもう用意してあるの」  女は杖をつきながら歩き始める。女はゆっくり亀みたいな速度で歩く。ノロノロ進む女の横を、俺はスピードを合わせて歩く。    エントランスに入るとすぐに、受付とエレベーターのドアが見える。見えてからもなかなか受付に到着出来ない。  そしてようやくエレベータに乗ると俺は聞いた。  「杖がないと歩けないの?」  「そうね。杖がなくても歩けると思うけど。体が安定しないと思うの。だから杖はあったほうが良いわね」  「いつから杖を使っているの?」  女が笑顔になる。  「心配してくれるの?」  俺は即答した。  「心配なんかしてない」  エレベータのドアが開く。  女と俺はエレベータから降りる。  「夕暮れか……。その割に人が少ないな」  「そうね。少なくてよかったわ」  俺たちは大きなガラスの窓に近づいて歩いて行く。  展望台のガラス窓から東京が一望できる。  女が言う。  「あの方向が、(さとし)さんの高校のある方角ね」  俺はなにげに聞いた。  「アンタはどっちの方角に住んでいるの?」  「私……、そうね。でも車のナンバープレート見たでしょう?」  「見た」  「分かるでしょう?」    俺は地図を宙に思い浮かべた。  「遠いな。その体でここまで来たの」  「そうよ」  「一人で車の乗り降りも出来ないのに。無謀だな」  「そうね。でも、(さとし)さんに会って、約束を果たしたくて……。前に来た時、また上ろうって約束したじゃない?」  「約束なんて知らない」  「忘れたんじゃなく、知らないのね。それでも……、私は約束したから。今……、約束を果たさないと」  女は無言になって、俯いた。  俺は女が、泣くのを堪えていると思った。  女が口を開くのを待ったが、あまりにも喋り出さないので俺が喋った。  「約束なんていいよ。どうせアンタは俺の知らない人だ」  「私は(さとし)さんの知らない人かァ。でもあれは覚えているでしょう?」  女が笑い。俺は訊ねる。  「あれって何だよ」  女が俺を誘う。  「乗ってみましょうよ」  「何に乗るんだよ」    女がニヤニヤと笑った。  「ガラスの床よ。(さとし)さんは、前回来た時、ガラスの床が怖くて(かなめ)君と一緒に泣いたのよ」  俺は子供扱いされて腹立った。  「いつの話だよ。バカにするなよ」  「バカにしてないわ。あの頃の(さとし)さんは可愛かったなって思っただけ。乗りましょう」    俺は女に、小馬鹿にされた気がした。本当にムカついた。  「イヤだよ」  「まさか今も怖いの?」  ヤケクソ気味に俺は言う。  「そんなはずないだろう!」  女がニヤつく。  「分かった乗れば良いんだろう?」  2人で展望台の床がガラス張りになった場所へ移動した。  ガラス張りになった床板部分を、そうではない床板の場所から2人は覗き込んだ。
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