2人が本棚に入れています
本棚に追加
するとドアの横に夫が立っていた。
私は夫の姿にホッとした。元夫と違い穏やかな性質だから、夫の顔を見ると和むのだ。
「大丈夫か? 佐江、大分疲れたみたいだな」
夫が私を支えるように腰に手を添えた。
私は夫の腕に体重を乗せて答える。
クタクタだったのだ。
体力や気力を、物理的にも消費したが、聡との会話でも消費してしまった。
もはや自力で立っていられなかった。
「大丈夫、そんなに心配しないで。あなたが心労で倒れてしまうわ」
夫の心配そうな顔に、私は笑顔で答えた。
私と夫の隣にいた聡が、亨に言う。
「その女、俺の記憶から消した女だから。俺には無関係な女だ。もう会わないと思う。長瀬さんその女をよろしく」
「ちょっと、聡さん。君は佐江がどんな状況か分かっているのか? そんな態度したら後悔するぞ。昔色々あったかもしれないが、君のお母さんじゃないか!」
「いいの。亨、やめて。私は全部悪かったのよ」
聡は私たちに背を向けて歩き出した。ドンドン私たちから離れて行く。
私は立派に育った聡の背中を見ながら、夫に寄り掛かりつつ言う。
「聡に会えて良かった。大きくなって、しっかりして」
「そうだな」
「また会いたい」
「ああ、そのためにも治療を頑張るんだぞ」
「ええ、頑張る。息子に会えたんですもの。生きる気力が出てきたわ」
私はポツリ言う。
「あの子、相変わらずだった」
「そうか……」
「相変わらず可愛かった」
「そっちか?」
「何だと思ったの?」
夫は身を捩って言う。
「あ、いやぁ。ほら生意気だからさ。あんなに大きいのに、可愛いのか?」
「ええ、大きいのに可愛いの。聡の記憶から消されても……、私は聡を消すことは出来ないわ……」
私の顔は歪み、我慢していた涙が溢れ落ちた。
夫がハンカチで、慌てて涙を拭いてくれた。
「車に戻ろう。車にしかテッシュないんだ。鼻が垂れているぞ」
夫が小さく笑う。
「アイラインが滲んでいるぞ。美人が台無しだな」
夫が私の頭をポンポンした。
私は夫に支えられて歩き出す。
ゆっくりと歩を進める。
――fin ――
最初のコメントを投稿しよう!