忘却の南柯の夢、東京タワーに馳せる(B面)

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 するとドアの横に夫が立っていた。  私は夫の姿にホッとした。元夫と違い穏やかな性質だから、夫の顔を見ると和むのだ。  「大丈夫か? 佐江(さえ)、大分疲れたみたいだな」    夫が私を支えるように腰に手を添えた。  私は夫の腕に体重を乗せて答える。  クタクタだったのだ。  体力や気力を、物理的にも消費したが、(さとし)との会話でも消費してしまった。    もはや自力で立っていられなかった。  「大丈夫、そんなに心配しないで。あなたが心労で倒れてしまうわ」  夫の心配そうな顔に、私は笑顔で答えた。  私と夫の隣にいた(さとし)が、亨に言う。  「その(ひと)、俺の記憶から消した(ひと)だから。俺には無関係な(ひと)だ。もう会わないと思う。長瀬さんその(ひと)をよろしく」  「ちょっと、(さとし)さん。君は佐江がどんな状況か分かっているのか? そんな態度したら後悔するぞ。昔色々あったかもしれないが、君のお母さんじゃないか!」  「いいの。亨、やめて。私は全部悪かったのよ」  (さとし)は私たちに背を向けて歩き出した。ドンドン私たちから離れて行く。  私は立派に育った(さとし)の背中を見ながら、夫に寄り掛かりつつ言う。  「(さとし)に会えて良かった。大きくなって、しっかりして」  「そうだな」  「また会いたい」  「ああ、そのためにも治療を頑張るんだぞ」  「ええ、頑張る。息子に会えたんですもの。生きる気力が出てきたわ」  私はポツリ言う。  「あの子、相変わらずだった」  「そうか……」  「相変わらず可愛かった」  「そっちか?」  「何だと思ったの?」    夫は身を捩って言う。  「あ、いやぁ。ほら生意気だからさ。あんなに大きいのに、可愛いのか?」  「ええ、大きいのに可愛いの。(さとし)の記憶から消されても……、私は(さとし)を消すことは出来ないわ……」    私の顔は歪み、我慢していた涙が溢れ落ちた。  夫がハンカチで、慌てて涙を拭いてくれた。  「車に戻ろう。車にしかテッシュないんだ。鼻が垂れているぞ」  夫が小さく笑う。  「アイラインが滲んでいるぞ。美人が台無しだな」  夫が私の頭をポンポンした。    私は夫に支えられて歩き出す。  ゆっくりと歩を進める。     ――fin ――
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