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忘却の南柯の夢、東京タワーに馳せる(B面)
私は高校の下校時間に聡が校門から出てくるのを待っていた。聡は私が1度目に結婚した時の子供だ。元夫との離婚時に、18歳まで会わない約束をさせられて、私は子供を奪われた。聡とは12年会っていない。
そして最近彼は、18歳になった。
その聡が友達2人と正門から現れた。
私は「聡」と声を掛けた。
聡と友達たちが私を見る。
聡は大きく育っていたが、昔の面影も残していた。私は懐かしい聡の元へと一直線に向かった。
それで友達2人が気を利かせて、聡と私から少し距離をとる。
私は聡に笑いかけた。
聡は私に訊ねる。
「あんた誰?」
私は聡を見つめる。
「私よ。忘れたの?」
「私って言われても、俺はアンタの事を知らないからさぁ」
「まさか……、そんな、私はあなたの……」
「それ以上、アンタの正体について話すなよ。用を言えよ」
聡にそう言われて、鈍い私も理解した。
――私が誰かは知っているが、知らない振りをしている。
聡は離れて待つ友達が気になる様だった。横目で2人をチラチラと伺って、私との会話に身が入っていない様にみえた。
落ち着きのない聡に私は言った。
「一緒に行って欲しいところがあって」
「俺と?」
「ええ、あなたと一緒に行きたいの」
「今から?」
「そうなの」
「いきなり来て、一緒に来いって言うの?」
「ごめんなさい」
「まぁ、いいか……。今日は親父の帰りも遅いし」
聡は、少し離れて喋りながら待つ友達たちに声を掛けた。
「悪いけど。先に帰ってくれない」
「ああ、分かった」
背の高い方の友達が軽く手を上げて、歩き出す。
背の高い方が歩き出すのを見て、慌ててもう1人が「待ってくれよ」と言い後を追う。
私は友達たちの去って行く姿を見て言う。
「聡、ごめんなさい。友達と一緒に帰るところだったのに」
聡は口を歪ませた。
「俺はアンタの事を知らないのに、どうして俺の名前を呼び捨てするんだよ」
私はビクリと身体を動かした。
「あ、ごめんなさい。私……、そうね。聡さん」
聡はぶっきらぼうに聞く。
「それで、どうするの?」
「どうするって?」
「一緒に行って欲しい場所があるんでしょう?」
「あ、そうなの。行ってくれるの?」
聡は意地悪を言う。
「行かなくても良いの?」
「あ、そんな……。お願い一緒に行きましょう」
私はミニバッグから携帯を取り出し電話をかけた。
直ぐに乗用車が私と聡に横付けして停まった。
乗用車から私の夫が降りてきた。
「君が聡さんか……。僕はこの女の……、夫の、長瀬です」
聡は会釈した。
夫は乗用車の後部座席のドアを開けながら言う。
「聡さんは、反対側の後部座席のドア開けて、自分で車に乗ってくれる?」
聡は言われるがまま反対側のドアに回って、後部座席に腰掛けた。
聡は座ってしまうと、私が車に乗り込む姿を奇異な目でジッと見ていた。私が夫に手取り足取り、席へ乗せられる様子が可笑しく思えたからだろう。私は聡に無様な姿を見られて恥じた。
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