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始まりは突然に
『不遇のΩ』
二次性徴の診断をされたその日、僕は担当医からこう言われた。
僕の両親は共にβだったし、僕の容姿も極めて平凡だったのもあって”どうせβだし”と軽く考えてたらこれだ。
母と2人で”なんで?”って両手を取り合って頭が”?”ってなったわけで…
不遇
何らかの状況でΩのフェロモンとヒートの発情線が滞っていてΩの症状が得られないんだそう。
そしてこの症状を発症しているΩはその状況が解放されると急激にΩとしての性が開花して、自我が保てなくなる人もいるんだって。
その診断をされて以降、28歳になった今でも僕にはまだヒートが来ていない。
実質βと同じです、その症状が出るまでは、と言われた時は母と”なんだ、それってベータじゃん”と大喜びしたんだよね。
昔と違い、二次性はプライベートとして機密性が確保されているので、仕事や普段の生活などに支障をきたすこともないし、ネックガードもしていない僕の様なΩはβとして勤務ができ、それを他人が知る由もない、ま、結局のところ、僕の平和な生活は続くって訳。
僕にとって不遇って言うより安寧って感じかな??
ただ、恋愛とかはちょっと無理そうだ、だって僕には性欲が皆無だから。
好きになって付き合っても最後までの欲が出ないから、結局振られるんだよね。
だからもう長いこと誰とも付き合ってないし、どうせΩだから女性と結婚しても子供は出来ない、僕の性思考では男女のαは無理だし。
このまま1人は寂しいけど、Ωのフェロモンやヒートに左右されることなく生きていけるってのは案外楽で良いよね。
「安積、ちょっと来てくれ」
月末、経理部の仕事が忙しいある日、課長から呼ばれデスクに行くと慎重な面持ちで僕の顔を見てため息をついた。
「お前、グループトップと知り合いでもいるのか?」
「いえ、全く知りませんよ?どうしてですか?」
「今から上層部の重役が視察に来るんだが、お前を指名してきてるんだ。」
「え?」
僕?僕ってただの経理部の平社員だよ?
「あの、本当に僕なんでしょうか?間違いではありませんか?」
あ、睨まれた、課長怒ると怖いんだよなぁ。
「安積遥、お前だろ?もう社長室に来てるみたいだから早く行ってこい」
「でも、月末の超多忙日ですよ?」
「こっちはなんとかする、よろしく頼むぞ」
そう言って部を追い出された。
嫌なこと頼まれちゃったな、なんでいち経理部員の僕が、偉いさんの相手なんかしなくちゃならないんだ。
トボトボと歩いてエレベーターに乗り、最上階の役員専用フロアについた。
小物な僕はそのフロアに降り立っただけで膝がガクガクして社長室到着までかなり時間がかかった。
小心者の小物感は見た目と比例する、てのは当たってるな、と緊張をほぐす為にそんなことを考えていた。
入り口の秘書さんに声を掛けたら”お待ちしておりました”と社長室のドアを開けて入室を促された。
ふわっと清潔で甘いとても魅力的な香りがして、流石社長室、アロマか何か焚いてるのかな?と匂いに気を取られた瞬間ソファから立ち上がる若い男性から目が逸せなくなった。
僕より10cm以上は高そうな背丈、鍛えられた均整のとれた身体。
外国の血が混ざっているのか、白い肌に茶けた金髪、切れ長の瞳は淡いブルーに長い睫毛、バランスの取れた鼻に薄い唇。
その人に魅了されているのか、匂いに惑わされているのかもうわからないくらい、社長の言葉にも気付かず、彼しか視界にはいらない。
「…君、…積君、安積君!」
社長の問いかけにやっと我に帰り、頭を下げた。
「失礼致しました、経理の安積です、私に用があるとのことですが…」
「初めまして、安積さん、突然の申し出にこちらまで来ていただきありがとうございます、一応、親会社の上層部で仕事をしております五十嵐です。今日はよろしくお願いします」
優しく微笑んで右手を差し出して来た彼を目で追って惚けていると僕の手を彼が取って握手をした。
「し…失礼いたしました。私でお役に立てるかわかりませんが、よろしくお願いします」
見た感じ彼はαであることは間違いない。
僕よりは若いはずなのに圧倒的上位の貫禄。
ならこの匂いはαのフェロモン?
だけど、僕は”不遇のΩ”だから、フェロモンはわからないはず。
ただの香水?
とにかく僕は彼から目が離せないでいた。
ふわふわした気持ちで社長室を後にし、社内を案内する。横で歩く彼から今もまだ良い匂いが漂ってきて僕は違う意味で良い気分になっている。
「安積さん、経理部は長いんですか?」
突然横から声をかけられて見上げると、彼が微笑んだ。
すごい破壊力、イケメン恐るべし。
「はい、大学卒業してからですから六年くらいになります」
「そんな前からいたんだ…」
「え?なにかおっしゃいました?」
「いえ、何も」
「あの、お伺いしてもよろしいですか?」
「はい、なんですか?」
「ちょっとした好奇心なんですが、常務はお幾つなのでしょうか?その…えらくお若いな、と」
「僕の事に興味持ってくれるんですか?なんか嬉しいな。幾つに見えます?」
話をしながら少し頭がぼーっとしてきた。
「そ…そうですね…僕よりも随分と…」
あれ?なんだろう、足に力が入らなくなってきた…
意識が途切れて床に倒れ込んでしまった。
「ちょっと強すぎたかな…」
なにこれ?息が苦しい、なんだか身体が熱くなってきた。
「やっと見つけた…俺の…」
そこで僕の記憶が途切れて最後に彼の言葉も聞き取れずに意識を失った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「…のフェロモンが…そう、気をつけたつもり…」
声が…誰かと電話をしている声が聞こえる。
はっきりとは聞き取れず閉じていた瞼を少しずつ開けた。
見覚えのない知らない部屋。
どこだろ、ここ…
身体の熱は治ったが起きあがろうと力を入れると怠くて
腕さえ上げられそうにない。
喉が渇いた。
少し首を動かしてサイドテーブルにある水差しを確認する。
手…動くかな?
力を入れて布団から水差しへ手を向けたが、フラフラする手が水差しに当たって床に落としてしまった。
「まだ動けないんじゃない?」
いつの間に現れたのか落とした水差を片付けていたのは今日視察に同行した五十嵐さん、その人だった。
まだぼーっとする頭でじっと彼の片付けている姿を眺めながら、なんで僕はここにいるの?ってなっていた。
「あ…あの…、ここは…どこですか?」
床の水を拭きながら彼はこちらを向き
「僕の家ですよ、急に安積さんが倒れられたのでびっくりして連れて来ちゃいました」
と言って立ち上がった。
「ご迷惑をお掛けしました、でも…何故医務室じゃなくて僕はここにいるのでしょうか?」
会社で倒れたのなら普通は会社の医務室に連れて行くはずだし、ここまだ身体の自由が効かないとなると病院に…ってなるはず?じゃない??
「安積さんは今日からここに住むんだよ?」
「え?」
「あなたはここで俺と一緒に住むの、嫌?」
「嫌…って…言うか、え?どういうこ…」
「会社は辞めてもらったよ、もう仕事はする必要がないからね」
今のこの状況が飲み込めずにしばらくフリーズしていたら彼はベットに腰をかけて僕を囲い込むように顔の横に両手をついた。
「だ・か・ら、あんたは俺のものになったっていってんの」
「あ…あの…ぼ、僕はものじゃない」
「ダメだよ、あんたは俺のもんなんだ、だって”番”だから一緒にいるのは当たり前でしょ」
番?
番って??
「あ…え…つ…番?なにそれ、僕は”不遇のΩだ”番なんてありえない…」
そう言ったが思う様に身体が動かないうえに熱が上がって来たのか、頭がぼーっとして来た。
「ほら、俺のフェロモンきついでしょ?そらそーだよ、俺らは”運命の番”なんだから、あんたは覚えてないだろうけど、昔に俺らは会ってんの。俺の不注意で逃げられたけど、やっとこうして出会えたんだ。だからあんたはもう俺から逃げられない、どう?俺のフェロモン、気持ちいいでしょ?」
「ああっ…」
痙攣した身体に蕩けるほどのフェロモンが刺激を与えて、今まで感じたことのない快感が全身を覆う。
「や、やだっ…」
「ねぇ、どうして欲しい?俺が欲しくてたまんないでしょ?ちゃんと言えたら触ってあげる」
「あっ…」
この快楽に身を任せて彼に縋り付きたくなる。
言いたくない言葉を口からこぼれ落ちるのも時間の問題な気がして来て自分が自分で嫌になる、それでもこのフェロモンには抗えない。
「お願い…ちょうだい…君の…」
「俺のなに?ほら言わなきゃ欲しいものあげられないよ?」
「君の大きなもの…僕にちょうだい…」
彼の腕に縋り付いて下半身の昂った場所を相手も昂っている同じ場所に擦り付ける。
「お願い…」
「仕方ないな、今日はこれくらいで我慢してやる、でも次はもう少しいやらしく俺を誘ってよね」
「キス…キスが欲しい…」
身体が熱い。
昂る胸が激しく鼓動する。
彼の肌に手が触れるだけで痺れてあそこが疼く。
もう意識を保っていられない。
むさぶる様に彼の唇にかぶりつき、舌を絡ませた。
吸い付く唾液が甘くて美味しい。
啜りながら彼をベットに押し倒し、彼のズボンを下着ごと引き摺り下ろした。
自分の”モノ”とは違うそそり立った大きいそれを夢中で口に含んだ。
蕩けるほど甘くて必死で唾液と混じり合わせながら吸い付いた。
「もういいよ」
まだ舐めたくて縋り付くが、両脇を取られて彼に持ち上げられ、膝上に乗せられた。
「ほら、遥の好きなこれ自分で入れてみて、気持ちのいいところに当たるように」
「あっ…や、やだ怖いよぉ…」
「大丈夫、もう充分後ろは濡れてるはずだよ?」
「やだっ」
思わずかれに抱きついてしまうが、微孔は疼いてドロドロと濡れて、欲しくて欲しくて彼にお願いしてしまう。
「お願い…奥までいっぱいついて…」
彼の耳元で声を絞り出すように囁いた。
「可愛いなぁ、仕方ない」
言った瞬間奥まで突かれて背筋から脳に突き抜けるほどの快感を与えられる。
「ああっ…あ、あ、あーっ」
「気持ちいい?俺も気持ちいいよ…、早くヒートが来ないかな?その時はうなじを思いっきり噛んであげるからね」
止まらない快楽と快感と出っ放しの精液で、僕はそのまま気を失った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
痛みと怠さで目が覚めると目の前に整った精悍な顔の五十嵐さんが柔らかい笑顔でこちらを見ていた。
「おはよ」
「あっ…おは…ようございます」
自分の置かれている状況と昨日の痴態を思い出し、赤くなった顔を伏せて返事をした。
昨日彼が言ったことが本当なら僕は彼の”運命のつがい”ってことになる。
この心地のいい匂いがアルファの匂いなんだな、そう思うと本能で僕にあんなことが出来るだなんて、恥ずかしくてたまらない。
「い…五十嵐さん」
「勝利、下の名前で呼んで」
「勝利…さん?」
「さんはいらない」
「勝利…君、僕会社に行かなきゃ…なんだけど?」
壁にかかった時計を確認しながら彼にそう言うと、少し機嫌が悪くなったような顔をした。
「昨日言ったこと覚えてないの?」
「あ…、辞めるとか…僕生活できなくなるので、遅刻しても行きたいんだけど…」
怒りのフェロモンが漂ってきた…怖い…。
それだけでもう萎縮してしまって次の言葉が出てこなくなる。
「遙はもう働かなくても大丈夫、俺と番になるんだから」
番…実感が湧かない、そもそも僕は”不遇のΩ”として生きて来たから、αのフェロモンも、ヒートの感覚もわからない。
そんな僕がΩだから、運命だからと言われてもピンとこないんだよね…
「あの…本当に番…なのかな?ぼ…僕には勝利君のフェロモンが少しわかるくらいなんだけど…」
不穏な空気に顔を上げずに小さな声で呟く。
「大丈夫だよ、遙の症状はこっちで把握してる。でも俺のフェロモンはわかるんだろ?それが答えだよ」
そう言われると次の言葉が続かなくなる。
「と…とりあえず一度家に帰りたいんだけど…」
ここが彼の家だという事はわかったし、番っていうのもなんとなく香るこの匂いでわかった気がする。
今でも彼以外のαでは匂いがよくわからないし。
だけど流されるままここに居るとダメな気がする。
「それなら大丈夫、もう隣の部屋に遥の荷物移動させたよ。部屋も解約しておいたから遙は家に帰る必要も生活のために仕事もしなくていいんだよ」
思わず顔を上げて彼を見た。
は?今なんて?
このプライバシー重視の世の中でそんなことが可能なの??
そんな顔をして見せると、勝利君は僕の頬に手を滑らせて顎を持ち上げた。
「そろそろ起きる?僕は午後から仕事だけど、遙はまだ寝ててもいいよ?まだ身体も思うように動かせないでしょ?」
あ、僕ってもうこの家から逃げ出せないんだ、そう思った。
有無を言わせない雰囲気を漂わせ、勝利君は起き上がった。
これって寝とけってことだよね?
「まだ…少し…だけ横になって…る」
「了解、じゃあ仕事行ってくるね」
屈んで僕のおでこにキスをした。
あのαのオーラには勝てっこない。
これからどうしよう。
好きとか、嫌いとか、気持ちがまだどこにも向いていないのに、番だと言われてもどうしていいのかわからない。
出世しようとか、大きなプロジェクトを任されているとかはなかったけど、仕事自体もやり甲斐はあったし、会社の雰囲気も嫌いじゃなかった。
「僕、何にもなくなったんじゃ…」
昨日会ったばかりの上司に、これからどう付き合っていけばいいんだろう。
疲れた身体で考えばかりが頭の中でぐるぐるとして、次第に瞼が下がって気を失ったように寝てしまった僕は、次の日の朝まで起きる事はなかった。
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