出会い ①

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出会い ①

幼稚舎の年長組に上がってすぐ、俺は父の得意先である大手家電メーカーの創立記念日パーティーに連れて行かれた。 この日初めて五十嵐家の次男としての顔見せであり、長男がΩという事で、次男の俺が跡継ぎに決定した日でもある。 母は身体が弱く引きこもりがちなので、この日から決まってこうした場所は俺と父が出席する事になったのだけれど、昔からこうした場所は大人の私利私欲が表立って出る場所なので、苦手意識が強く、父親の目を盗んでは会場を抜け出し、ホテルの中やその周辺へ探検と称して出歩いていた。 顔見せの場でもあるが、所詮まだまだ子供、相手になどされるわけでもなく、最初は会場の隅でケーキなんかを頬張っていたが、それもつまらなくなり、隙をついてその場を抜け出した。 どこをどう歩いたのか、ホテル従業員用のドアの中に入ったようで、目の前には働く大人の姿が沢山あって、特に料理を作っている工程を見るのはとても新鮮で、それを眺めながら好奇心いっぱいでそこに居座った。 忙しいのにも関わらず料理を作る人、運ぶ人、それを指示する人たちは俺を温かく見守ってくれ、ジュースをくれたりこっそりデザートを味見させたりもしてくれた。 すると料理の匂いとは別の優しい桜の花を思い浮かべる香りが漂ってきた。 俺は気を取られるほどその匂いに酔い、胸がドキドキして幸せな気持ちになってきた。 「凄くいい匂い…」 デザートのプリンを頬張りながらその匂いのする方を向くとぽっちりした女の子人に手を引かれた小学生くらいの男の子がこちらに向かってやって来た。 顔や姿はその辺にどこにでもいるような普通の男の子だったが、一目見た瞬間にその存在全てが俺のものだと本能が問いかけてくる様だった。 食べかけのプリンを料理台に置きフラフラとその子に近づいて彼の手をとってじっと見つめてしまった。 「君はどこの子かな?」 横にいた女の人が俺に声をかけたけど、それも耳に入らないくらい男の子の存在に夢中になっていると、その本人が問いかけて来た。 「あの…どうかした?」 小ぶりな顔に小さな目、本当に”普通”なのになんでこんなに惹かれるのかな? 小学生?俺よりだいぶ上だよね? 「君、名前は?」 「あ…僕?」 男の子は隣の女の人を見てその人が教えてあげれば?と言ったので俺の方を見て答えてくれた。 「僕ははるか、向上はるか!」 「はるか…」 もうこの手を離してはダメだ、と直感で思う。 「はるか…は僕のもの…」 俺のΩ… あまりにも俺が手を離さないから、隣の女の人や周りの大人が慌てて引き剥がしてくるが、俺はその瞬間ガバッとはるかの身体を抱きしめた。 「あのね、遙はΩじゃないのよ?まだ検査はしてないけど、きっとβなの、だから勘違いだよ?」 「やだー、絶対俺のΩだ!」 女の人に大声で叫んだけど、まだ子供の俺は力では負けそうになって、俺なりに力の限りはるかにしっかり抱きついた。 はるかは何が何だかわからない、という様な困った顔をして今にも泣きそうだ。 そんな顔なんてして欲しくないのに…そう思ってもまだ子供の僕はどうすることもできなくて、情けなくて目に涙が溢れて来た。 暫くすると父の部下達が俺を探していた様で、そこではるかと引き離された。 叫び出しそうに胸が痛くて離れて行く手を彼に差し出し続けたが、その姿は直ぐに見えなくなった。 それから俺は帰るまで泣き喚き、はるかに会わせろと叫んでいたらしい。 父に”運命”に出会ったと言っても 「そんな幼くして、そうそう”運命”なんてもの出会えるわけがない、気のせいだ」 と取り合ってもくれなかった。 「まだ半人前のお前の言うことなど誰も信用はしない、信じて欲しければそれ相応の実力をつけろ」 父はオレに吐き捨てる様に言った。 それから暫くは忘れられずにいたけど、何もできない自分に、子供の自分に、実力のない自分にもどかしさを感じてははるかの事を思い出していた。 ならこの手で父親の全てを奪い取ってはるかに出会えるまでに力をつけてやる、その気持ちだけでここまで来た。 早く一人前になるために飛び級のある海外にすぐ渡米して14歳になる頃に大学入学、17歳で卒業し、20歳になるまでになんとかMBAも取得して日本に戻って来ることができたので、それからは父にへばりついて仕事を覚えた。 一方で、俺ははるかの事をあらゆる手段を使って探し回っていた。 あの時横にいた女性は遥のおばさんだった様で、親が不在の日はホテルの託児所で特別に面倒を見てもらっていたようだった。 そのおばさんが亡くなって、遙の消息がパッタリと途絶えてしまう。 どうも父親の借金のせいで家族で夜逃げをしたらしく、俺が海外の小学校に編入する時期と重なって探せなくなってしまった。 とりあえず、捜索は続行し俺は海外へと旅立った。 そして父の会社の常務に就任した時、遥がグループ会社の一つに在籍していて、経理部の社員として働いていることがわかった。 彼の苗字は向上から安積に変わっていた。 履歴書を手に取り、写真を見た瞬間に昔の面影がちらついて、少し目が潤んでしまう。 昔と変わらず、目立たない容姿だけど、パーツは整っていて、可愛い。 地味な見た目にパッとしない髪型が”平凡”の言葉にぴったり当てはまっている。 「俺のΩ、運命…」 証明書の写真を指でなぞりながらいつ会おうか、そればかり考えていたところに突然内線の電話が鳴った。 『常務、山東様がお見えです。』 その名前を聞いて少しうんざりするが、通さないわけにも行かず、秘書の平野に部屋まで案内する様にと命じる。  遙の書類を引き出しに仕舞い、これから会わなきゃならない相手にうんざりした。 ノックされたドアから 「山東様お連れしました」 と声が聞こえ、入って来たのは小柄で線の細い一般的に綺麗と言われる顔をした山東みやびが不貞腐れた様子でドカドカと俺の側までやって来た。 「なんで僕が勝利さんの会社までこなくちゃ会えないの?ちゃんと会いに来るって話になってなかった??」 相手の顔に声に、匂いにうんざりしながら顔には完璧な笑顔を携えてにっこり微笑んだ。 「悪い、ちょっと仕事が忙しかったんだ、みやびに会いたくないわけじゃないよ」 「なら連絡くらい入れてよ、僕心配しちゃった」 「ごめん、そんなに怒らないで、可愛い顔が台無しだよ?ほらおいで?」 両手を広げるとみやびが飛び込んできた。 「勝利さん、僕のこともっと大事にしてよ」 胸に頭を擦り付けながらそう言った。 なんでこんなに甘ったるい匂いをさせてるんだ、気分が悪くなる。 「わかったって、なら今から食事にでも行こう、何が食べたい?」 「本当?ならスュペールに行こう?フレンチ食べたい」 「スュペールか、いいな、行こう」 平野に予約を頼んで部屋をでる。 俺には生まれた時から婚約者がいる。 五十嵐の家は金融業で財を成した財閥と言われる旧家で、家の後継は必ずαと決められている。 そして後継のαは名家のΩと婚姻を結ぶと決められているので、これを覆させる手立てがない。 それは”運命の番”と出会ったとしても…だ。 遺伝子的にもう相手は遥しかいないと思っているが、後継として育てられて来た俺にとってはそれに逆らうというすべもない。 ちゃんとした場所を用意して誰にも触れさせず、俺的には遥を大事にしようと思う。 友人にこの事を話すと”勝手だ”とか”相手が可哀想”だとか言われるが、この事に関してはもう仕方のない事だと諦めている。 そしてその婚約者がこの山東みやび、俺より2つ年下のΩであり、戦前よりこの国を牛耳っている政治一家の次男である。 俺が最も嫌いなタイプの人間、自分の容姿や立場をよく分かっていてそれを利用し、かつ我儘。 何をしても許されると思っている。 典型的な金持ちのお坊ちゃんタイプ。 まぁ、これでΩなので、ちやほやされて育って当たり前だとは思うが、俺にはどこに魅力があるのかさっぱりわからない、でも嫁はこいつになるわけで、それはもう仕方ない。 「また何だか上の空、僕と一緒に居るのに…」 食事が終わってデセールを突いていたみやびが面白くなさそうにため息をついた。 「悪い、大きな仕事が残ってて、その事が気掛かりなんだ」 「お仕事大変なんだね、でも僕を無視するとかありえないんだけど、もう少し大事にしてくれても良くない?」 お前じゃなく遥のことばかり考えてたって答えたら、こいつはどんな顔するんだろうか? 「本当だな、こんなに綺麗なみやびの顔を歪ませてしまった。どうしたら機嫌を直してくれる?」 「そうだね、この間友達といいなって話してた時計が欲しい、それで機嫌直してあげる!」 またか、どうせ何十万程度の物じゃないんだろう…、仕方ない、金で済むなら安いものだ。 「わかった、なら行こうか、僕のお姫様」 「うん、勝利さん大好き!」 どこまで甘やかされてきたんだか、今月これで何回目のおねだりだよ… うんざりしながらスマホを取り出し平野に電話した。 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 週明け、系列企業の重役に連絡をして遥を呼び出した。 ”視察”を名目に経理部の一般社員を呼び出すなど前代未聞だが、そんな事構うもんか。 待っている間、俺はどこかそわそわしていた。 遙の直属の上司だという部長にヘラヘラされながら、意識は遙のことしか考えていない。 そわそわがドキドキに変わった時、忘れもしないあの時の香りが近づいてきた。 遥だ、遙の匂い。 飛び上がりそうな胸を抑えて立ち上がった。 ドアの向こうに彼がいる。 ノックが鳴って少し開いたドアから昔の面影の残った遥が部屋に入ってくると俺の顔を凝視して2人して見つめ合った。 今にも抱きしめてしまいそうになる気持ちに蓋をして手を差し出す。 昔はわからなかった俺のフェロモンにも気付いてる? 目を合わせて彼もわかったはずだ。 「初めまして、安積さん、突然の申し出にこちらまで来ていただきありがとうございます、親会社の上層部で仕事をしております五十嵐です。今日はよろしくお願いします」 呆然と俺を見て気を取られている。 可愛いな、マジで。 そのうなじが美味しそうで、今すぐ噛みつきたい。 上司の声で我に帰った遥は慌てて俺に手を差し出した。 「し…失礼いたしました。私でお役に立てるかわかりませんが、よろしくお願いします」 張り付くような白い肌が手に吸い付くようだ。 ニコッと微笑みかけて遥を見る。 「安積さん、経理部は長いんですか?」 昔とは違う背丈で彼を見下ろし、長いまつ毛を眺めていると、遥が頬を赤く染めて顔を上げた。 「はい、大学卒業してからですから六年くらいになります」 「そんな前からいたんだ…」 ここにいるのは知っていたが大学卒業してすぐの入社だったんだとは思わなかった、もっと早く出会えていてもおかしくなかったのに… 「え?なにかおっしゃいました?」 「いえ、何も」 「あの、お伺いしてもよろしいですか?」 「はい、なんですか?」 「ちょっとした好奇心なんですが、常務はお幾つなのでしょうか?その…えらくお若いな、と」 「僕の事に興味持ってくれるんですか?なんか嬉しいな。幾つに見えます?」 何故だか異様にエロく見えるのは”番”だからなのか? ちょっとフェロモン出したらどんな反応する? 煽るような顔するのか、立っていられなくなるんだろうか? 好奇心が勝って少し強いフェロモンを漂わせた。 「そ…そうですね…僕よりも随分と…」 声が途切れたと思ったら足が急にふらつき出し、そこに倒れ込みそうになったので、身体ごと抱えた。 「ちょっと強すぎたかな…」 抱えた遙の身体は熱く軽いヒートを起こしていた。 ”運命の番”だ、その瞬間確信に変わる。 「やっと見つけた…俺の…」 最後の言葉を飲み込んで、遙を抱きしめた。 「さぁ、帰ろう。君と俺がこれから住む我が家へ…」 抱き上げた腕に愛しい俺のΩがいる、その事に幸せを感じながら遙のために用意した家へと向かった。
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