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遠い言葉
景色を見るのも、風呂を堪能するのも何日かすると”普通のこと”になってしまい、やる事がなくなってしまう。
仕事をしている時でも毎日同じことの繰り返しだったけど、それはそれで同僚との会話や、昼食のために外食したり、たまにある出張などが刺激になっていたんだな、と改めて思った。
携帯やパソコン、タブレット等は手元にないからTVとサブスクで暇な時間を潰しては結賀さんのご飯を食べたり、ごろごろしてはいつの間にか寝ていたり、セレブな主婦みたいな生活をしている。
「このドラマも飽きちゃったな…」
ドラマって言えば自分が置かれている状況もドラマの主人公みたいだよなー。
「主人公になれるほど見栄え良くないけどねぇ、僕だし」
ここの所会話できる人が居ないので独り言が増えた。
僕の面倒を見てくれている結賀さんは寡黙なのか、勝利君に言われているからなのか、声をかけても言葉少なめで話し相手とは言えず、こうして独り言が増える一方なんだよね。
何気なく付けっぱなしのテレビを観ていたら突然勝利君が画面に出てきた。
内容的に新しく設立した会社と若き経営者として紹介する番組らしく、今の経営方針なんかを語っている。
「経営者というより、芸能人みたい…」
テレビにも出るような彼が番になるんだよね…僕は夢でも観てるんじゃないのかな?
不遇と言われてから、1人で生きていくって決めた。
元々人付き合いはそんなに上手じゃなかったし、昔から母は仕事ばかりで家のことは全部自分でしてきたから、何をするにも困ったことはなかった。
それが突然彼に出会ってからヒートが来たり、番だと言われてこんな場所に閉じ込められたり。
ドラマにも程があるよ…
彼のことをまだ好きかどうかも、好きになれるのかもわからない。
「なんでこんな事になっちゃったのかな…」
画面越しの彼は優しげに笑ってインタビュアーの問いに答えている。
”そう言えば五十嵐社長はもうすぐご結婚されるという事ですが、お相手はあの山東総一郎氏の三男だそうですね…”
”はい、縁がありまして”
”とても仲の良いお二人とお聞きしました、それは仕事が順調という事にも起因していそうですが…”
”お恥ずかしい…〜〜〜〜”
そこから僕の耳には何も入ってこなくて、画面を観ながら頭が真っ白になってしまった。
結婚…
え?誰が?
仲が良い?
番うのは僕…じゃなかった??
別に望んでここにいる訳じゃない、けどなんで?
え?
じゃぁなんで僕こんな所に閉じ込められてる?
なんで番にされるの?
結婚して
嫁にして
番にするのは僕じゃなくて
僕は番にされて嫁じゃない?
リモコンでテレビの電源をオフにして、そのままソファに倒れ込んだ。
何がどうなってるかわかんない、でもなんとなく自分の立場を察した。
”不遇”
「やっぱ何もかも僕って不遇からは逃れられないんじゃん」
父が亡くなって、母と2人苦労しながらここまで来た。
もう苦労はしたくないけど、ついこの間までは贅沢を出来る程の稼ぎはないにしても、たまの外食や節約して少しずつ溜まっていく貯金、地味で平凡だけど、そんな生活を僕は気に入ってた。
真っ暗な画面を見ながら溢れ出る涙が止められずソファに顔を押し付けた。
幸せ…その二文字がぼくにはいつだって遠い…
「泣いてなんてやるもんか…」
こんなとこさっさと出て行ってやる。
仕事は退職されられてるけど、また探せば良い。
今まで、もうなんでもいいやと投げ出してここに止まっていたけど、その必要もなさそうだ。
「ここを出よう」
目に溜まった涙を腕で拭い、僕は立ち上がった。
服はあの後用意されてクローゼットにある。
お金も何もないけど、ここが日本であるなら、どうにかして母のところには行けるはずだ。
服を着替え、結賀さんの目を盗んで玄関のドアを手にかけると向こうからドアが開いて目の前に平野さんが立っていた。
「何処かにお出かけですか?外には出ないようにに言われているはずですが」
後ろ手でドアを閉められた。
「出ていくよ、僕は彼の番にはならない」
「急ですね、何かあり…もしかしてご覧になりました?」
「なんでもいいよ、僕は出ていく」
平野さんを避けてドアを開ける、が開けた先に結賀さんがいて僕を担ぎあげた。
「何するんだ、離せ!嫌だ!離せ!」
どれだけもがいて大きな声を出しても僕よりはるかに身体の大きな彼はびくともせず、そのまま2階のヒート部屋にまた放り込まれた。
「嫌だ!なんで僕がここまでされなきゃいけない!!出して!出してよ平野さん!!」
胸の奥がはち切れそうなほど喚いたが聞こえてきたのはとても冷静な声だった。
「すみません、私からは何も言えませんが、五十嵐がこちらに来るまではここに居てもらいます、申し訳ありません、遥様」
「いやだ…やだよ…出してよ、僕はものじゃない…なんで…なんでこんな扱いされなきゃいけないんだよ…」
ドアをどれだけ叩いても相手からはなんの返事もなく、僕の声だけが寂しく響き渡っていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
気がついたら部屋は真っ暗で、格子越しに見える高台からの夜景がやけに綺麗に広がっていた。
ベットに横になったまま、涙で濡れたシーツに顔を擦り付ける。
あれからどれくらいたったのかな、この部屋は防音設備がされているようで、僕の叫びは外には響かない。
こんなのもう犯罪じゃないか…
連絡手段はないからもうお手上げだ。
あれからテレビを観るのも嫌になった。
出された食事も喉を通らないし、唯一楽しみにしていたお風呂だってシャワーしか使っていない。
顔を窓に向けてため息をついた。
暫くするとドアがノックされて平野さんが入ってきた。
「遥様、五十嵐がもうすぐこちらに到着します、よろしければこちらに着替えていただけませんか?」
返事するのも嫌で無視を決め込んでいたら近くに来られて着替えさせられた。
「あなたの言い分はこの後五十嵐にたくさんぶつけて下さい、なんなら殴ってもいいんじゃないですか?私ならそうしますけど」
「そんなことしていいの?あなたの主人でしょ?」
「私ならボコボコに殴りますね、飛びかかって殴ってやります」
真面目な顔してそう言うので、思わず笑ってしまった。
「私が何か言える立場なら良かったのですが、そう言うわけにもいかずすみません」
久しぶりに心の底から笑えた、でもこの人が謝ることじゃない。
「そう言ってもらえるだけでなんか安心しました、僕、ここには1人も味方なんて居ないって思っていたから」
頼れる人が居ないのは本当に辛い。
昔、父の借金が発覚した時、親しかった人たちは皆んなそっぽ向いてしまって母と路頭に迷いそうになった。
昔から可愛がってくれた近所のおばあちゃんだけが手を差し伸べてくれて、借金とりから逃げる手助けをしてくれた。
たった1人でいいんだ。
側に誰かいるってだけで立ち上がる力になるんだよね。
「私は…五十嵐の思いも昔から知っていますので、彼を責める事も出来ません。ちゃんと遥様と話し合いをして下さいとは言っているのですが、五十嵐もあなたの前ではどうしていいのかわからなくなっているんだと思います」
「そうなのかな?」
「ずっと貴方を探してました、私はそれをずっと見てきました。それと同時に五十嵐家の長男として昔から決められた婚約者の存在やしがらみと葛藤していたのも知っています。だからとは言いませんが、遥様に少しでも五十嵐の事知って欲しいと思っています。差し出がましくて申し訳ありません」
僕には関係ない、と言えれば良いんだけどな。
「理不尽…だとは思う。僕も本能では彼の事番だってわかってる、だけどここまで自分本位で動かれるのはフェアじゃない」
髪に整えてもらいながら少し強い口調で答える。
だって本当にフェアじゃないよ、僕だけが強制的に囲われるなんて。
「そうですね…なので一発ぶちかましてはどうですか?」
腕を前に出してファイティングポーズをとる平野さん。
「なんか平野さん、イメージが違いますね、もっとクールな方なのかと思っていました」
「仕事中はそうですが、プライベートはとってもだらしないですよ、恋人にも口うるさく言われます、仕事と同じくらいちゃんとしてくれ、って」
恋人いるんだ〜、なんかこの人可愛い。
「通じ合ってるって感じで羨ましいな、僕とは大違い…」
「だからちゃんと話をして下さい、彼もわからずやじゃないですから」
ふふって笑っちゃった、ここに来て今が一番心地よく感じてる。
「少し落ち着きました、平野さん、ありがとう」
「…五十嵐のしている事は勝手に見えると思います、ですがあの人は貴方のことに関しては”子供”なんです」
それに”はい”とは言えない。
けどベットの上でいじけてた自分はもういない。
「そうですね、彼に話し合う意思があるのかわかりませんが、そうなる様に努力してみます」
「貴方が努力するんじゃなくて、本当は五十嵐がしなきゃいけないことなんですけどね、なんせ”子供”なので彼はただの駄々っ子なだけなんですよ」
と言って平野さんは笑った。
そうだよね、腐ってても仕方ない。
彼が変わらないなら自分が変わるしかない。
平野さんがポケットから携帯を取り出して何かを確認すると僕に向かって
「五十嵐が到着しました、さぁ下に行きましょう」
「…うん」
平野さんに促され玄関へむかう、何かを変えられたら僕と勝利君の関係も少しは違ってくるかもしれないと期待を込めて階段を降りた。
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