ウッマ・ナンジャコレ

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 貧乏人にとってデカい家というのは羨望の対象だ。飯の良い匂いがするデカい家は、特に。  俊樹はバイトの面接を受けた帰り、本当に偶然、肉の焼ける匂いを漂わせる豪邸の前を通りがかった。  その日を暮らすことすらままならないほどの貧乏人である彼はその匂いを羨ましいなぁなんてボーッと思っていたところ、いつのまにか、家の塀を乗り越えて敷地内に侵入していた。  繰り返すが本当に偶然だ。あまりにも空腹な人間の本能が、蠱惑的な食べ物の匂いに運悪く釣られてしまっただけなのだ。断じて計画的な犯行ではない。  匂いに吸い寄せられるままフラフラと広い庭を進む。途中、視界の端に犬小屋が映った。家がデカけりゃ犬小屋もデカい。俊樹が住む四畳半の部屋よりも広そうなそれを「さぞや立派なワン公がいらっしゃるんだろうね」と内心馬鹿にしながらも匂いの元を目指して歩き続け、とうとう、家の目の前に辿り着いた。  リビングの窓がほんの少し開いている。ここから匂いが漏れているようだ。俊樹はほとんど無意識のうちにガラリと窓を開き、靴を脱いで家に上がり込む。 「え? 誰、あなた……」  当たり前だが、家主に見つかった。若い女だ。サラサラのロングヘアを後頭部で束ね、フェミニンなピンクのエプロンを装着している。  ここにきてようやく俊樹は自身の冒している暴挙について思い至った。慌てて言い訳を考えるものの、不法侵入が正当化されるような出来の良いそれは簡単には思いつかない。わざとでないとはいえ立派な犯罪だ。  しかもこんな状況でさえ匂いに気を取られてしまい、余計頭が回らない。言い訳の代わりにお腹からグゥという間抜けな音が漏れる。 「あら? お腹が空いてるんですか?」  驚いたことに、女はなぜか友好的な笑みを浮かべた。 「どなたか存じませんが、良ければお昼ご飯食べますか?」
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