「リゼル・オロ・レヴェニア殿下」

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 ランプの中の炎がふっと消えた。油が切れるまでここにいたのか、とリゼルは分厚い本の山からのろのろと顔を上げた。探るように手を伸ばし、新しいランプに光を灯す。深い黒に近い青髪に灰銀色の瞳をした少年の姿がぼんやりと照らし出された。齢は十三。けれど、身体は小さくてもっと幼いように見えた。リゼルが王城を好きに歩いていいのは夜だけだ。ただし、誰にも見つからないように。その理由を、母──王妃はリゼルが“特別”だからだという。 「リゼル、夜分遅くにすまないが、この図面と刻印で良いか、確かめてくれないか?」  不意に声がした。疲れた様子でも、しんと重い威厳を漂わせる声の主は壮年の男だった。リゼルは足が地面に届かない微妙に高い椅子から飛び降り、男を見上げる。煙るような灰色の瞳がリゼルを見下ろすが、その目に感情の色はなかった。ふっとリゼルは目を逸らし、男が広げた錬金術が刻まれた羊皮紙を灰銀の瞳ですっと一通り眺める。 「父上、この刻印では上手く起動しません。擬似魂魄を生み出すのでしたら、この回路を繋ぐべきです。根本はほぼ完璧ですから、これでより速く、半永続的にホムンクルスを生産することが可能だと思います。──前の機構では生産が追い付かなくなったということですね」  羊皮紙に刻まれた茶けた文字の上を少年の白く指が滑る。たった一度、たった一瞬、ただそれだけでリゼルの目は錬金術の秘蹟を解き明かす。だから、“特別”。その才能はいずれ錬金の王の再来とうたわれることになるのだが、それはまた少し先の話だ。
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