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「また、黄昏の獣ですか?」
羽ペンで羊皮紙に修正を入れながら、リゼルは訊いてみる。城の外に出たことのないリゼルには物語の中の生き物としか思えないのだが、黄昏の獣は世界を喰らう黒い獣なのだそうだ。人も、地面も、建物も、黒い獣のひと噛みで崩れ消える。民の守護を義務とする王族と貴族の役目は黄昏の獣を狩ることだったはずだ。人間よりもわずかに黄昏の獣の蝕に耐えられるホムンクルスを戦列に加えようとすることはなんらおかしなことではない。
がりがりと紙をひっかく音がしばらく続いた後、父王は眉間を揉んで苛立ちを押し殺した声で呟いた。
「ああ、今度の獣はなかなかに厄介でな。……まあ、お前には関係のない話だ」
「そうですね。ぼくはここで錬金術の研究ができればそれでいいです。それに、それが約束ですから」
そう言って、父王とは全く似ていない顔の少年は微笑んだ。
かつてこの王国を創った錬金術師──錬金の王は、一番星が瞬く頃の夜空の色をした髪と、狼の毛並みのような色の瞳をしていたそうだ。いとも容易く賢者の石を錬成した彼は生き続けることさえできたのに、ばらばらに砕けた心で石を割り、短剣で自らの心臓を貫いて永遠を棄てたのだ。
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