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第12話 巫女姫は惰眠を貪る
王家の墓所で出会った人の話は内緒よ――そう約束したのに、ココはあっさり私を裏切った。目の前で美味しそうに油揚げを食べる裏切り者は、汚れた口の周りや手をぺろぺろ舐めながら目を逸らす。
アイリーンはキエのお説教を受けている真っ最中だった。よそ見をしたと追加で叱られ、お昼になってようやく解放される。ほぼ徹夜だったのに、朝ご飯抜きで叱られるなんて。ふらふらしながら、自分に甘い兄の元へ向かう。執務室の扉を開くと……部屋の主人は不在だった。
「あ、お兄様は出かけるって言ってたわね」
執務で引っかかった書類を前に唸った後、現地視察をすると言い出したのよ。すっかり忘れてたわ。はぁ、大きな溜め息をついて兄シンの執務室に置かれた長椅子に横たわった。たまに兄が仮眠に使う程度で、来客用ではない。そのため枕と毛布が備えてあった。
くるんと毛布を巻き付け、枕を抱き寄せる。頭の上で丸くなろうとしたココを突いて落とした。
『ぐぎゃっ』
「あんたは床で寝なさいよ、裏切り者!」
『なんだよ、僕だってリンの失態をカバーして徹夜なのに』
ぶつぶつと恨みがましいことを言うくせに、そのまま丸くなる。白い毛玉になった狐を見ながら、アイリーンは大きな欠伸を噛み殺した。もう意識が保てないわ、無理。大きな青紫の瞳を瞼の下に隠し、少女はすやすやと眠りに落ちた。その表情は晴れやかで……。
のそっと起き上がったココが、長椅子に手を掛けて立つ。眠るアイリーンの様子を確認してから、鼻先を彼女の額に押し付けた。霊力の譲渡だ。思ったより消耗している彼女だが、自覚がないのは困りものだった。
まだ君の力は万全じゃないのに。ココの能力や力の大半が封じられているのと同じように、アイリーンの霊力や能力も一部しか使えない。自覚なく限界まで使ってしまうのは、本来持つ大きな器に霊力が満ちていた頃を体が覚えている所為だろう。
幼い頃と同じ感覚で、底までめいっぱい霊力を使い切ってしまうのだ。本来ならまだ器に満ちている筈の霊力を当てにして。自覚すれば落ち着く現象だけど、説明するのも難しい。ならば陰で補うだけの話だった。
『ゆっくりお休み』
あどけない寝顔を見せる主人に声をかけ、ココはするりと長椅子の上に乗った。アイリーンの頭の横、僅かに残ったスペースで器用に丸まる。尻尾に鼻を突っ込み、手足を丸め……最後に耳をぺたりと伏せた。
「おやおや、お姫様が来ていたんだね」
視察から戻ったシンはぐっすり眠る妹に気付いて、音を立てないよう側近達に指示した。眠ると簡単に起きない子だけど、念には念を入れて。僕の部屋で寝てくれるなんて可愛いじゃないか。そう笑う皇太子に、側近達は微笑んで従った。
皇位継承争いがないため、姉や兄とも仲のいい無邪気な末っ子姫。お転婆をして叱られながらも、皇族の祓い巫女としての資質に恵まれていた。周囲に愛され、愛することに慣れたアイリーンは国民の人気も高い。
どんなに優秀であっても、霊力が高くても、この子は皇位を継ぐ資格がない。だから兄弟姉妹の誰からも愛され、警戒されない唯一の姫だった。ただ「愛らしい」「可愛い」と愛でても許される存在だ。
そっと執務机に向かう兄シンが書類の処理を始め、護衛の騎士は入室時に音を立てないよう注意する。何事かと思いながら入室した文官や宰相達は……すやすやと寝息を立てるアイリーンの寝顔に頬を緩めた。
彼女が担う部分を知らずとも、疲れているのは窺える。神々に愛されし巫女姫は、礼儀作法の授業をすっ飛ばし夕方まで惰眠を貪った。
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