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第1話 封印を踏んじゃったかも!
絢爛豪華な調度品が飾られた平屋造りのお屋敷、廊下をアイリーンは駆け抜けた。心臓がどきどきしている。見つかったら叱られちゃう。背中で揺れる紺色の髪は、毛先に向かうほど柔らかく薄い色へ変化した。髪と揃いの青紫の瞳が、せわしなく逃げ場を求める。
「姫様! どちらですか!!」
彼女を探す侍女長の声が廊下に響いた。
悪戯のバレたアイリーンは、兄シンの部屋にするりと逃げ込む。くすくすと笑って手招きする兄に従い、ツインテールの少女は足元に潜った。頭を入れてすっぽりお尻まで隠れたところで、扉をノックする音が響いた。兄が声を掛けると扉が開き、侍女長キエが顔を覗かせる。
「お勉強中失礼いたします。こちらにアイリーン姫がお見えではありませんか?」
「いや、気づかなかったね」
「そうですか……」
「今度は何をやらかしたの」
「帝様の大切な壺に、蛇を入れましたの……驚いた侍女が落としてしまい」
「割れちゃった?」
「いえ、用意周到にも式紙が用意されていましたわ」
「あの子らしい」
苦笑いした兄が「見かけたら教えるよ」とキエに返す。それを合図に扉が閉まった。隠れていた机の下から転がり出たアイリーンは、ほっと安堵の息をつく。それから助けてくれた兄を見上げた。
「ありがとう、シン兄様」
「悪戯はほどほどに。それと式紙を悪戯に使うのはよくないよ。後でちゃんと謝っておいでね」
言い聞かせる兄シンは艶のある黒髪をしている。紺色に近い深い色の瞳を柔らかく細めて、可愛い末の妹を撫でた。まるで猫のように甘えるアイリーンは、こてりと首を傾げてから笑う。
「ええ、シシィに謝るわ」
どうやら今回蛇を引き当てた侍女は、シシィという名らしい。壺磨きを任せられるのだから中堅の侍女だろうが、気の毒なことだ。同情するものの、可愛がる末妹を強く叱ることはしなかった。
皇位継承権は高くないが、末のアイリーンは皆から愛される子だ。悪戯好きな面も、やんちゃな子猫のようと表現される。本当に悪いことはしないので、周囲も呆れながら許してきた。誰からも愛される自慢の妹は、兄にひらひらと手を振る。
「また後でね、シン兄様」
「気をつけるんだよ、リン」
アイリーン姫を愛称で呼び、シンは彼女を庭へ逃した。姫君らしい長い裾の衣装なのに、アイリーンは裾を摘んで膝も露わに駆けていく。お転婆で有名なアイリーンだが、もうすぐ16歳になる。そろそろ夫を選ぶ時期だった。
落ち着いてくれたらいいのだけれど。そう思う反面、まだこのままでいて欲しいと願う。民からの人気も高い末姫は、あの天真爛漫な自由な振る舞いが好ましいのだから。もう少し、好きにさせてあげよう。皇太子シンはそんなことを思いながら、可愛い妹の背を見送った。
途中で別の侍女に発見され、あっという間に包囲網が築かれる。木の枝に飛び乗り隠れてやり過ごそうにも、この手はすでにバレていた。過去に何度も使った方法なので仕方ない。
「リン姫様、降りていらっしゃいませ」
温厚なキエの声が、ついに怒りの色を帯びる。素直に謝りなさいと厳しく告げる侍女長に、アイリーンは壁を飛び越えてふわりと舞い降りた。
長い裾が風に膨らみ、前襟を右左に合わせた和装ドレスが翻る。美しい蝶のように舞う姫の姿に見惚れかけたキエが、青ざめた。
「姫様っ! おみ足が見えてますわ!!」
嫁入り前のお嬢様がなんてお姿に。そう叫んで卒倒したキエを、他の侍女が受け止めた。
ごめんなさい。心の中で謝ったアイリーンは手を合わせたものの、そのまま着地して駆ける。この先は禁足地――皇国を滅ぼしかけた魔物が封じたと伝えられる土地だが、アイリーンには慣れた遊び場だった。いつも通りに獣道を駆けて、その先で木の根に躓いて何かを踏んだ。
パキン……軽い音がして、薄い何かを踏み抜く。割れた物を確認したアイリーンは、ピンクの唇を手で押さえた。木札に墨で文字が記されている。
やだ……封印の木札が割れちゃった!?
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※2021年に連載した作品のリメイク、再連載です。完結までもっていきます(´▽`*)ゞヶィレィッッ!!
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