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チャーリーと街に遊び行く 1
チャーリーに誘われ、王都で月に一度開催されるという市に出かけた。
王都の中心部にある凱旋門広場は、大昔に他国との戦いに勝利した将軍たちとその兵たちが凱旋した場所らしい。その記念に大きな門が建築され、現在は王都の人々のシンボルとして、あるいは憩いの場として親しまれているという。
凱旋門は、想像していたよりずっとずっと大きくて立派だった。そして、広場は予想よりもはるかに広かった。
その広場には、ほんとうにたくさんのお店が並んでいる。圧巻だった。見た瞬間、「わああああっ!」と感嘆の叫びが口から勝手に飛び出していた。
「大聖母」のときにこういう市に行ったことはなかった。それどころか、皇都に出かける機会がなかった。ウインザー公爵邸と皇宮にある「祈りの間」を往復するだけで、外の空気に触れるのは、その道中だけ。馬車を融通してくれるわけがなく、というか「大聖母」は歩くのが当たり前と謎の認識をされていたから、徒歩で往復する際にはわざとゆっくり歩いたりした。
もっとも、公爵邸から皇宮までは近い。だけど、皇宮の門をくぐってから宮殿内にある「祈りの間」までの距離は永遠だった。ときどき「大聖母」を信仰している皇宮の庭師や雑用係や近衛隊の隊員に荷馬車で送ってもらえるようなときは、幸運だった。
そういうわけで、これだけの広場や多くの店や大勢の人々を見ることは、刺激的かつ新鮮すぎる。
「大盛況だろう? 一日すごすことが出来る。いいや。一日ではまわりきれないだろう。今日は、きみの好きなようにまわろう。いいね?」
「ほんとうに? じゃあ、まずこっちから」
指さした先には、ドーナツ屋である。
屋台形式で、店の主人は次から次へとドーナツを揚げている。油と甘ったるいにおいが鼻をくすぐる。
「まずは食べ物? きみらしいな。じゃあ、行こう」
チャーリーは、駆けだした。わたしの右手を握ってひっぱりつつ。その動作があまりにも自然だったので、まるで恋人どうしのような行為にわたしも素直に従ってしまった。
(気恥ずかしいわ。だけど、たまにはいいわよね)
チャーリーに手をひっぱられながら、自分にいいきかせる。
ドーナツ屋で揚げたてのドーナツを買ってもらった。
紙に包まれていて、粉砂糖に覆われている。
歩きながら一口かじった。
「甘ーい。でも、美味しい」
「ああ、すごく美味い」
あっという間に口の中に消えた。
「チャーリー、次はあれよ」
「レモネード? いいチョイスだね」
喉を潤さないと。
というわけで、レモネード屋さんでレモネードを買ってもらった。
搾りたてのレモンを使ったフレッシュなレモネードは、すっぱいけれどスッキリする。
「チャーリー、次はあれを見たいわ」
「チャーリー、次はこっちよ」
「チャーリー、あれも見たい」
「チャーリー、こっちも見ましょうよ」
こんな調子で一日中二人で歩きまわった。というよりか、彼をひっぱりまわした。
食べたり飲んだりだけではない。いままで一度も縁のなかった市での見物も存分に楽しんだ。
骨董品を見たり、古着を試着したり、古本を物色したり。とにかく、「大聖母」のときには想像もしなかったような楽しくて充実した一日をすごした。
夕方になって空も広場も赤く染まってもなお、チャーリーをあっちこっちに連れまわした。
彼の言う通り、とてもではないけれど一日ではまわりきれない。
「ラン、この市は毎月ある。また来月こよう」
暗くなってくると、要所要所に設置されている灯火が灯った。
チャーリーがついにそう言ったとき、わたしたちはテーブル席が並んでいるスペースで夕食を食べていた。
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