チャーリーと彼の愛する人

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チャーリーと彼の愛する人

 ある日のこと、チャーリーは朝から宰相や大臣たちと緊急の会議があるらしく、慌ただしく部屋を出て行った。  じつは、昨夜彼から提案された。 「明日は一日なにもないから、遠乗りに行かないかい? すこし足を伸ばしてワイナリーに行ってみよう」 「面白そうね」  わたしも翌日はなんの約束もない。だから、彼の提案にのっかることにした。  が、朝になると予定がかわったのである。  主寝室と続きの間との扉がノックされ、彼に告げられてしまった。 「緊急の会議が入ってしまった。だが、昼前には終わるから、予定通りワイナリーに行こう」  と、そのように。  そして、彼はわたしの返事をきく暇もなく去ってしまった。  というわけで、朝は暇になった。 (ひさしぶりにバラ園に行ってみよう)  思いついたら即行動。ひとりだけの朝食後、バラ園に出かけた。  庭師のおじいさんと冗談を言い合い、彼のお手製のローズティーを分けてもらった。ご機嫌な状態で彼にお礼と別れを告げ、そのまま自室に戻ろうとした。  が、不意に東屋で休憩をしたくなった。  それが間違いだった。  東屋のバラのアーチが見えてきた頃、人の声がきこえてきた。  先客がいるらしい。  東屋にいるのがだれであれ、関わり合いになるのは面倒。だから、回れ右をして去ろうとした。 「チャーリー、どれだけ待たせれば気がすむの?」  そのとき、甲高いレディの声がきこえてきた。  東屋の方からである。 「イザベル、おれを困らせないでくれ」  そして、きれいな男性の声も。  心臓が飛び跳ねた。いつもとは違う理由で。  男性の声は、間違いなくチャーリーのもの。  おもわず、身を低くして東屋に近づいていた。気配を消してそっと。  そして、バラのアーチにへばりつき、隠れるようにして東屋をのぞいてみた。 「イザベル、やめないか……」 「チャーリー、たまにはいいじゃない」  ガツンと鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。  なんと、美しいレディとチャーリーが抱き合っているのである。  美男美女が抱き合う姿は、絵になりすぎている。しかも、周囲のバラとバラの芳香が絶妙ないい仕事をしている。  そのキラキラどきどきの光景を、しばらくの間見惚れてしまった。  しかし、それもすぐに冷めた。  同時に直感した。  あれがチャーリーの愛する人なのだ、と。  そう直感すると、途端にその光景を見たくなくなった。見てはいけないものを見てしまったというよりか、見たくないものを無理矢理見せられたような気になった。  元婚約者の愚か者は、わたしの前で散々他のレディとイチャイチャしていた。そのときにはまったくわき起こらなかった得体の知れない感情に支配され、いたたまれなくなった。  だから、そのまま背を向け駆けだした。 (緊急の会議は嘘で、ほんとうは愛する人との逢瀬を楽しんでいたのね)  なぜか裏切られたような気になった。  一心不乱に駆けながら、両頬が濡れているのを感じた。だけど、そんなことはどうでもいい。自分の部屋の前まで駆け続けた。  途中、人がいてわたしの様子に驚いていたみたいだった。だけど、そんなこともどうでもよかった。  自分の部屋に駆け込むと、そのまま寝台にダイブして布団に潜り込んだ。  ジャニスとカイラはもちろんのこと、チャーリーがしつこく呼びかけていたけれど、すべてを無視した。というよりか、拒否した。  薄暗さと静けさの中、両頬を濡らしたままひたすら眠った。  なにも考えたくなかった。なにも思いたくなかった。だから、ただひたすら眠った。  どれだけ眠ったかわからないくらい。  とにかく眠って眠って眠りまくった。
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