足りない覚悟

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足りない覚悟

 頭の中ではわかっている。  チャーリーとわたしは、契約結婚をしている。だから、そこに愛はない。彼には、そしてわたしにも。最初からそうだった。いまでもそうだし、これからもそうなのだ。  だけど、心ではそうはいかない。  しかし、このままだと即契約終了になってしまうかもしれない。すべてに耐えきれなくなったら、それこそ役立たずの用済みになってしまうかもしれない。 「大聖母」だったり、あるいは愚か者の婚約者だったり、それらで利用されるだけ利用されてポイされたのは諦めがつく。腹は立つけれど。それはともかく、正直ポイされたことで自由になってよかったとさえ思っている。  しかし、いまは違う。ここでポイされたら、行き場を失ってしまう。物理的にというよりか、精神的に。  覚悟が足りなかった。いまさらながら気がつかされた。  さらにつらくて悲しいことになる。それも覚悟しなければならない。  そうとはわかっている上で、いましばらくここですごしたい。契約終了のその瞬間まで、チャーリーの側にいたい。  翌朝、ショボショボの目で陽光満ち溢れる室内を見ながら、そう決意した。  昨日、バラ園の東屋で見たことはなかったことにしよう。そう。なにも見なかった。だから、今朝はふつうにしなければならない。いつもと同じようにチャーリーに接しなければならない。  一日でも長く彼とすごす為に、なにも気がついていないふりをして悪女を演じるのである。 「簡単なことでしょう?」  トボトボと洗面台に行き、鏡の中の自分に尋ねた。 「出来るわよね?」  念を押す。 「ひどすぎるわ」  それから、あらためて自分の容姿の悪さにつぶやいてしまった。  地味でイマイチな顔が、とんでもないことになっている。  こんなひどい姿だから、周囲に取り繕うのが大変だった。  結局、口から勝手に出た言い訳は、「小説のストーリーがとんでもなく悲しすぎ、バッドエンドすぎてショックだった」という、バレバレのものだった。  だけど、ジャニスとカイラはなにも言わなかった。なにも言わず、ただいつもよりかはすこしだけやさしく世話を焼いてくれた。そして、チャーリーも同様である。ときおり、なにか言いかけてはやめるけれど、詮索せずに接してくれる。ただ、これまで以上に絡んでくるようになった気がするけれど。  以降いままで通り、あちらこちらでいじめやいやがらせ、ちょっとした出来事やかわったことに遭遇するたびにしゃしゃり出て悪女らしく振る舞った。  チャーリーと一緒にいると、ついついあのときの光景を思い出してしまう。だけど、出来るだけなにもなかったように接する努力をした。  演じたりふりをするのは大得意。だから、うまく出来ていると自分では思っている。  彼は、ことあるごとに気を遣ってくれる。これまで以上に。それこそ、縦の物を横にするのだって気を遣って手伝ってくれる。その過保護さは異常なほどで、あの美しいレディにやってあげたらいいのに、とついつい考えてしまうほどである。  同時に、これがなくなってしまうのもそう遠い将来ではない。  それも強く感じるようになった。  そういうとき、不安や焦燥に襲われるのはいうまでもない。  そんな日々をすごしている内に、例の「わたしに大恥をかかせよう」という企画が開催されるのがもう間もなくとなった。  が、最近、このアディントン王国でウイルクス帝国と国境を接する地域に疫病が流行り始めているという情報が入ってきた。その疫病の威力はすさまじく、早期の対策を講じなければならない。  国王は、すぐに対策を講じるよう各機関に命じた。その為、披露宴や舞踏会の開催も危ぶまれた。  わたしとしては、大歓迎。当然、チャーリーもである。  しかし、そういう問題ではない。 「チャーリー、話があるの」  その疫病の話をチャーリーからきいた後、彼にそう切り出していた。
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