愚か者のことはどうでもいい

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愚か者のことはどうでもいい

「皇太子はギルモアを攻め入らせる原因を作ったこと、これまで他国や災害から護ってきたはずの『大聖母』、つまりきみを追放してしまったこと、この二点において責任をとらされるだろうな。実際、皇帝は怒り狂っている。それなのに、皇太子はきみのせいだと、きみが責任と義務を投げだして消えたと主張し、きみに全責任をおしつけようとしたらしい。そこで、きみの家族だ。あっ、いや、元家族だね。きみを逃亡させたと爵位を取り上げるとかなんとかで揉めているそうだ」 「まぁ、そうだったのね。あの愚か者の言いそうなことだわ。その程度のお頭しかないんですもの。仕方がないわよね。ということは、わたしがまだ愚か者と婚約者だったとき、彼が堂々と浮気をしていた相手はどうなたのかしらね。それって、元義姉(あね)なんだけど」 「とりあえず、ウインザー公爵邸で無期限で謹慎させられているらしい。皇太子がそうさせた。『おれをそそのかした』罪、らしい」 「まぁ、お気の毒様。だけど、それはまったくのでたらめではないわ。それにしても、よくそこまで知っているわね。まるであなたが見てきたみたい」 「きみにまつわることだからね。きみに影響のあるものは、どんなことでも把握しておきたい。必要があれば、それなりの手段を講じなければならないから。だから、諜報員を潜入させている。もっとも、今の情報は、諜報員たちからだけではない。駐在している職員や使用人たちに撤退命令を出したんだ。もはやウイルクス帝国の帝都は安全ではないから。いつどうなってもおかしくない状況だ」  チャーリーは、なんでも完璧でなければならない性格なのかもしれない。  たとえ愛していない契約妻であっても、表向きは正妻。その正妻を守るふりだけは周囲に示しておかねばならない。  彼は、それを面倒臭がらずにしているにすぎない。  そんなこと、わかっている。わかっているけれど、うれしい。  うれしいと思っている自分がいる。 「ラン、すまない。告げるかどうか迷ったのだが、告げないのはフェアじゃないと考えた」 「いいのよ、チャーリー。教えてくれてありがとう」 「ラン。さしでがましいが、きみのせいではないということだけ言わせて欲しい」  彼は立ち上がり、ローテーブルをまわってこちらにやってきた。  見上げると、主寝室内の灯りを受けてよりいっそう輝いている彼の美貌がこちらを見おろしている。 「きみに非はない。すべて皇太子みずからが招いたことだ」  彼は、隣に座ると自然な動作でわたしの肩を抱いて引き寄せた。自然とわたしの頭が彼の左肩にくっつき、彼にもたれかかる。 「ギルモアもバカじゃない。ウイルクス皇帝や皇太子の出方次第で矛を収めるだろう。ムダに帝国民を傷つけたり奪ったりはしないはずだ。そんなことをすれば、われわれがだまっていないことを知っているだろうから」  剣士であるチャーリーの肩も腕も立派である。もたれていて安心出来る。なにより、あたたかい。それが白色のシャツを通してでもよくわかる。 「ええ、わかっているわ。大丈夫。わたしは大丈夫だから」  何度も同じ言葉を繰り返していた。  悪女だからではない。自分勝手なわたしは、祖国のことより彼のことしか考えられなかった。  いまのこの二人の親密なひとときが、いつまでも続いてくれたらいいのに、と願うことしか……。
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