宴もたけなわ

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宴もたけなわ

 ざわめいている。  チャーリーとともに大広間を一歩進むごとに、この場にいる人たちからざわめきが起こる。  ささやき交わす声、つぶやく声……。  なにを言っているかわからないし、知ろうとは思わない。  とにかく、注目されている。というか、一挙手一投足を見張られている。  玉座についているのは、王妃のみ。  国王は緊急の用事が入ったとのことで、それが終わり次第やってくるらしい。  壁際にはたくさんの料理が並んでいて、参加者は思い通りにとっては立ったまま食す。あるいは、ガラス扉から出た庭園にテーブル席が準備されているので、そちらで食べることも出来る。  披露宴は、ちゃんとした長テーブルで食事をするはずだった。そして、そのあとに舞踏会が行われる手はずになっていた。が、先日の疫病騒ぎで、披露宴そのものがいったん中止になりかけた。しかし、行われることになった。急遽、こういう形に変更になったらしい。それを、ついさっききいたばかりである。  立食パーティーと舞踏会をいっしょにするということを。  それならそれで、無理をせずに中止にして欲しかった。というのが正直な気持ちだけれど、それだとわたしが大恥をかくのを見に行こうと準備していた人たちに悪いので、簡易版にしろ行ってよかったと思うしかない。  とにかく、ざわめきの中粛々と大広間を奥へと進み、ようやく玉座の前までやってきた。  慣例通り、チャーリーとともに神妙に頭を垂れる。  王妃がチャーリーとわたしのことを伝え、チャーリーに続いてわたしも挨拶をした。  チャーリーはもちろんのこと、わたしもアドバイスをしてもらいながら考え抜いた挨拶文をよどみなく、しかも完璧にそらんじることが出来た。  参加者たちは、ことあるごとにざわめいている。  それから、食事をしたり踊ったりという時間になった。  最初に踊るのは、当然わたしたち。  チャーリーにエスコートしてもらいながら踊った。もちろん、初めてのことである。  だって、「大聖母」がチャラチャラ踊るなんてことありえないから。  というわけで、踊ることじたい生まれて初めてだったけれど、チャーリーのお蔭でうまく踊れたと信じたい。  踊っている最中でも、参加者たちはざわめいていた。  踊り終わると、チャーリーとともに参加者たちの間をまわっては挨拶をしたり質問攻めにあったりした。  出来うるかぎりにこやかに答え、答えられないことにはにこやかにごまかしたり流したりした。  参加者たちは、このアディントン王国で活躍していたり有名であったりお金持ちであったり地位が高かったりと、じつにさまざまな人たちが参加している。  王族に名を連ねる人たちも参加しているけれど、向こうから声をかけてくることはない。第四王子とその正妃パトリシアだけは、アイコンタクトを取ってはいるけれど。  玉座にふんぞり返っている王妃や壁際で目を光らせている国王の側妃たちは、不機嫌そうである。  あてが外れたからに違いない。  つまり、マナーや教養がなく、品も格もまったくないわたしが、じつはそれらすべてを持っていて、完璧な立ち居振る舞い、それからスマートな会話を交わしていることが意外なのである。  王妃たちの計画をきかされてから、王妃付きの古株の侍女からアドバイスをもらった。  マナーの講師がいる、と。  そのレディの家は、代々王族の教育係を務めているらしい。そのレディ自身も国王や王子王女たち、それから、王妃や側妃たちの教育係を務めたらしい。が、王妃や側妃たちの侍女や執事たちへのいじめやいびりに耐えかねて直接意見したところ、教育係の任を解かれてしまったという。そのレディはここぞとばかりに王宮を去り、いまは王都にある自分の屋敷で静かに暮らしているのだとか。  そんなレディなら、マナーや慣習などを教えてくれるかもしれない。  というわけで、チャーリーにお願いしたのである。  そのレディを紹介して欲しい、と。  チャーリーもそのレディからいろいろ学んでいる。すぐに紹介してくれた。  それがセルマ・プロッサー侯爵夫人で、彼女と意気投合して連日みっちり教えてもらった。  だから、完璧なわけである。  そうそう。踊りは、チャーリーに特訓してもらった。  毎夜、彼の部屋で踊りまくった。  というわけで、踊りも完璧なわけ。  つけ入る隙を与えてなるものか。  人々の意表をつくのも悪女なのである。  王妃や側妃の不機嫌そうな顔を見ながらほくそ笑んでしまったのは言うまでもない。  宴もたけなわになった頃、チャーリーがささやいてきた。
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