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国王のおでまし
「どうやら、この場で王太子の発表をする予定らしい」
「では、この宴の『大恥をかかせる』という目的も、ついでというわけね」
おどけたように返すと、彼は苦笑した。
「王妃たちも『大恥をかかせる』ことについては諦めもついただろう。なにせ、きみは完璧だから。彼女たちの顔を見れば一目瞭然だよ。『溜飲が下がる』とは、つくづく思うね。それはともかく、向こうも用事はないだろう。おれたちは、この辺でお暇しようか」
彼の言う通りである。
「そうね。お腹がすきすぎてクラクラしているわ。厨房に行ったら、料理の残り物があるかもしれない」
ここに並んでいる料理に手をつければ、王妃たちが目くじら立てることはわかりきっている。だから、必死にガマンしている。だけど、それも限界に近い。
「おれも腹がペコペコだよ。では、完璧レディ。いざ、厨房に参りましょう」
彼が腕を差し出してきたので、それに自分の腕を絡めた瞬間である。
国王陛下がお出ましになる、と触れがあった。
国王は、「これぞ国王」というほど国王である。恰幅があり、威厳たっぷりでやさしそう。書物や子ども向けのお話に出てくるあの国王そのままの国王が、このアディントン王国の国王である。
ここにきてから二度ほど、国王に会う機会があった。が、会話というほど話はしていない。ひと言ふた言声をかけてもらった程度。そんな短い時間ですら、彼からやさしさと思いやりを感じることが出来た。
正直なところ、国王とあの王妃が夫婦であり続けているのが不可思議でならない。
国王は、玉座につくと全員にラクにするようにと命じた。その声は、低音でよく響く。耳に心地いいその声は、ずっときいていたいほどである。
チャーリーとともに他の王子や王子妃たちと並び立ち、上目遣いに国王を見た。
チャーリーのように美貌ではなく、全体的にカッコいいわけではない。だけど、恰幅のいい体格は安心感を与えてくれるし、やさしい表情をたたえる顔は親しみを与えてくれる。
これがきっと、生まれながらの王なのかもしれない。
それに比べて、ウイルクス帝国の皇帝は貧相で神経質そうな外見をしている。実際、そうなのだけれど。愚かな元婚約者の父親にふさわしい、といったところかもしれない。
「チャーリー、ラン。せっかくの宴に遅れてしまってすまない」
国王は、玉座からまず謝罪してくれた。
チャーリーとともに一礼する。
「みなも悪かったな。楽しんでくれているだろうか」
参加者全員が恭しく一礼する。
国王は、あらためてチャーリーとわたしを紹介してくれた。それから、心からの祝辞とこれから将来への言葉とともに前途を祝福してくれた。それと、孫のことも楽しみにしているということも。
心が痛む。
結局、だましていることになるのだから。
「どうした、王妃。不機嫌そうだが」
「いいえ、陛下。そのようなことはございません」
国王からの言葉が終わると、彼は隣に座す王妃に尋ねた。
「あらかた恥をかかせようとしていた相手が、万事そつなく振る舞っている。そのことが気に入らないのであろう?」
国王は、そう言ってから大笑いした。
「今夜の宴を許したのは、わしがチャーリーとランを祝福したかったからだ。王妃、そなたの思惑など関係なくな。王妃、それから側妃たちよ。様々な理由や事情でわしのもとに来てくれたのはわかっている。だからこそ、これまでそなたたちの傍若無人ぶりには出来るだけ目をつむってきた。が、そのようなわしの考えは間違っていたようだ。そなたたちの行動はとどまることを知らず、それに比例して心身ともに疲弊してここを去って行く者がじつに多い。わしも悪かったのだな。もっと以前にそなたたちと向き合い、話し合えばよかったのだ。それを怠ったが為、逃げた為、多くの人たちを傷つけてしまった」
大広間に国王の痺れるようなハスキーボイスがゆったり流れていく。
「王妃、それから側妃たちよ。だれかを傷つけるのならわしを傷つけよ。わしの尻を叩き、頬に平手打ちを食らわせるがいい。そうすれば、多少なりともスッキリするだろう。微笑んだり笑い声をあげたり出来るだろう。昔のように、みなで笑い合ったり冗談を言い合ったり出来るだろう。わしは、そなたたちの笑顔をまた見てみたいのだ」
そっと玉座をうかがうと、王妃は膝の上でハンカチを握りしめ、俯いている。
わたしよりも上座に立っている側妃たちも、一様に俯いている。
それは王子たちの正妃も同じことで、国王の話を俯いて神妙にきいている。
「わしは、このような大切なことが何十年もわからないままでいた。が、それを気づかせてくれた人物がいる」
国王の声のトーンがかわった。
「それは、ラン。チャーリーの最愛の人だ」
(えっ、ええええええええっ? わたし、ですか?)
いまや国王だけでなく、この場にいる全員がわたしを見ている。
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