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思っている展開と違うのですが……
「みなもきいて欲しい。最近、王宮内の雰囲気がかわったと思わぬか? 具体的には、明るくなったと感じぬか?」
国王は立ち上がり、両腕を広げて尋ねた。
周囲の人たちは、「そう言われてみれば」とか「そのような気がする」などとつぶやいたりささやき合っている。
「ランが孤軍奮闘してくれたお蔭だ。レディどうし、あるいは侍女や執事たちへの陰湿ないじめやいやがらせがどれだけくだらなく、ムダであることを説いてくれたのだ。その地道な活動が与えた影響は、それを行っていた加害者だけではない。被害者、つまり侍女や執事たちにも与えた。これまでの理不尽ないじめやいやがらせに対し、非を唱える勇気を与えたわけだ。彼女たちは、耐え忍ばなくていい。そもそもそういうことには毅然とした態度を取る権利がある、ということを知った。働く者の当然の権利だ。そして、彼女たちはそれを行使した。それが、彼女たちに明るさを取り戻させるきっかけとなった」
国王は、続ける。
「この大広間にいるほとんどの者は、日々不自由なく生活が出来ているのが使用人たちのお蔭であることを、ついつい忘れてしまいがちだ。わしも含めてだがな。これを機に、みなも考えてみて欲しい。もしも使用人たちに対して感謝やいたわりの心を忘れているのなら、思い出して欲しい」
シンと静まり返っていたけれど、国王が着席すると同時に盛大な拍手が起こった。
って、ちょっと待って。
わたし、そんなごたいそうなことはしていないのだけれど。強い信念や正義感でもって触れてまわっていたわけではない。
ひとえに悪女たらんと嫌味を言って回っていただけなのに……。
それがこんなにおおごとになっているわけ?
これではまるで「聖女」の行いじゃない。
(マズいわ。本来の目的とは真逆になっている)
焦ってきた。国王の演説に対して拍手をしながら、焦りまくってしまう。
(だけど、まだいけるかも。王妃は、これだけの人の前で恥をかかされたのだもの。わたしのことを全力で逆恨みするかもしれない)
そう思いつくと、すこしだけホッとした。
「陛下、わかっております」
その瞬間、王妃が発言した。こちらを睨みながら。
「陛下のおっしゃる通りです。わたしもランに諭され、気がつきました。そのときには納得がいかなかったのですが。侍女や執事たちの様子を見ていると、ランの言うことは間違っていないと納得せざるを得なかったのです。陛下にもランにも信じてもらえないでしょうが、今夜のこの宴を提案したわたしの気持ちは、陛下のそれと同じことです。それ以外の他意はございません。それに……」
王妃は立ち上がると数段ある段を降りてきた。そして、わたしの前に立って見おろした。
(なんて背が高いの……)
王妃が男性以上に長身であることに、いま初めて気がついた。それに、いまだその美しさは衰えを知らないようで、美しさが際立っている。
性格はともかく、彼女もまた書物や子ども向けのお話に出てくるような「お妃様」である。まさに「お妃の中のお妃」といったところかしら。
「彼女は、先日の疫病からこの国を護ってくれた恩人。個人的にも生家セルザム家とその領地を救ってくれた恩がございます。わざわざ辺境の地まで行って力を使ってくれて、感謝してもしきれません」
(はい? 生家? セルザム家?)
彼女の言うことが理解出来なかった。だから、ついチャーリーを見てしまった。
『彼女は、セルザム家の出身なんだ。師匠の実妹だよ』
チャーリーが口の形だけで教えてくれた。
ということは、あの強面巨漢の辺境伯は王妃のお兄様なわけ?
(全然似ていないじゃない。というか、彼女って辺境の出身なわけ?)
度肝を抜かされた思いである。
「ラン、ほんとうにありがとう。兄から急使が来たの。『おまえからもくれぐれも礼を言ってくれ』、と。そして、『ランをわが娘のように大切にするように』、とも。兄に言われたからではないけれど、わたしはそのようにしたいと思っています。ラン、これから仲良くしてね」
困惑しているわたしなどお構いなしに、彼女はわたしの両手をつかんで上下にブンブンふりまわした。
「は、はい、王妃殿下。ふつつか者ですが、こちらこそよろしくお願いします」
この場で伝えるべき当たり前の言葉を返すしかなかった。
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