チャーリーが皇太子に?

1/1

530人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ

チャーリーが皇太子に?

(ああ、とんでもないことになったわ。王妃を間接的にでも籠絡してしまったわけ? これだとせっかくの悪女計画が頓挫してしまう)  彼女の素敵な笑みを見上げているけれど、内心では暗澹たる気持ちになっている。  そのとき、また大広間内で拍手が起こった。 「王妃殿下」 「王妃殿下」  いつの間にか、王妃コールですごいことになっている。  王妃がいさぎよく改心したことに、人々は感動したのかもしれない。 「王妃。さすがは国母。わしの愛するレディだ」  そして、国王まで段を降りてきた。  彼は王妃を軽く抱きしめ、しばしそのままでいた。よりいっそう拍手や国王と王妃を讃える言葉が大きくなる。 「みな、いまひとつ伝えることがある」  ひとしきり拍手や二人を讃える言葉が大広間内に満ちた後、国王は王妃の手をとり玉座に戻って宣言した。  その一言で、一瞬にして大広間内に静寂が横たわる。 「いまだ定めていなかった王太子のことだ。わしもこの年齢だ。そろそろ引退し、この座を若い世代に託した方がいいかもしれぬ。ゆえに、この座を継ぐべく王太子を決した」  あとで知ったことだけれど、国王が遅れてきた理由は王太子を決定する話し合いをしていてそれがなかなか終わらなかったらしい。  それはともかく、だれもが国王の続きの言葉を待った。具体的には、だれの名が発表されるのか、固唾をのんでききいっている。  正直、わたしにはどうでもいい。そして、チャーリーにとっても。他の王子たちは、緊張や期待でドキドキしているに違いない。とくに第一王子は、正妃の子である。最有力候補の彼は『指名されたとき、どう受け答えしよう』と、頭の中で台詞を考えているかもしれない。 「王太子は、第五王子チャールズとする」  その名が大広間に響き渡ったと同時に、またまた拍手と祝福の叫び声がわき起こった。  一瞬、チャールズとはだれかしら? と思った。だけど、すぐに思い出した。チャーリーはチャールズであるということを。   あの夜からとんでもなく忙しくなった。  いまやチャーリーは王太子。そして、わたしは王太子妃。  あの夜以降自分の部屋から廊下に一歩足を踏み出すだけで、近衛兵が目を光らせる始末なのである。  彼らは、わたしがなにかしでかしやしないかと目を光らせているわけではない。訂正。ある意味ではそれもあるかもしれない。そうではなく、彼らは警護してくれているのである。たぶん、だけど。  とにかく、どこに行っても注目されてしまう。しかもあの夜に王妃が「ランがこのアディントン王国を護った」とおおげさに告げたものだから、だれもがわたしを「救国の聖女」と呼び、崇める。  照れ臭い反面、それはもう勘弁して欲しいとも思う。 「大聖母」のときのようなことは、もう二度と経験したくない。  とにかく、チャーリーもわたしもこれまでとはまったく違う状況におかれてしまっている。  公式、非公式の行事に積極的に出席しなければならないし、国王と王妃にかわって公務をしなければならない。各領地の領主だけでなく、王都にいる貴族や大商人や著名人たちに招かれ、お愛想のひとつも述べなければならないし、愛想のひとつやふたつ振りまかなければならない。  チャーリーが王太子に決まってから、政界や経済界は彼を全面的にサポートしてくれている。政界や経済界だけではない。各分野こぞって助けてくれているのがありがたすぎる。  チャーリーもまた偉いと思う。彼は助けやアドバイスは素直に受け入れ、かつ学ぶのである。なかなか出来ることではない。  わたしもチャーリーに負けてはいられない。自慢ではないけれど、わたしの知識は書物や噂話をききかじった程度しか持ち合わせていない。それでもウイルクス帝国の皇太子の婚約者だったときは、恥ずかしくないよう様々なジャンルの書物を時間が許すかぎり読み漁った。  いまにして思えば、皇太子の婚約者たる者がいくら「大聖母」であったとしても、妃教育とかマナーの授業とか受けなければならなかったに違いない。それがそういう話すらなかった。ということは、義務で婚約者、そして皇妃にするだけで、そもそも公式の場に出すつもりはなかったのかもしれない。それどころか、最初から婚約を破棄するつもりだったのかもしれない。  そう考えると、ますます腹が立つし口惜しい。  そんな過去はともかく、いますべてを詰め込んだところでアップアップするだけなのは自分でもわかっている。わたし自身、利口ではないし洞察力や観察眼にすぐれているわけではない。  いま出来ることを、出来る範囲でやっていくしかない。  マナーについては、引き続きセルマ・プロッサー侯爵夫人に叩きこんでもらっている。ドレスや化粧など見てくれについては、ジャニスやカイラだけでなく王子妃たちが教えてくれる。政治や経済や外交や文化については、チャーリーやその分野のスペシャリストに教えてもらっている。国王もなにかと気にかけてくれて、教授とか先生とかをよこしてくれる。社交界については、セルマだけでなく王妃も教えてくれる。  というわけで、これまでにないほど必死な毎日をすごしている。充実しすぎていてあっという間に月日が経ってしまいそうだ。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

530人が本棚に入れています
本棚に追加