お父様がやって来た

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お父様がやって来た

 そんな慌ただしい日々の中でも、いつも心の中にはチャーリーの愛おしい人の存在がある。周囲をだましているといううしろめたい気持ちとともに、彼女という存在が心の中を大きく占めている。  チャーリーに何度か話をしようとした。話し合おうとした。だけど、彼はのらりくらりとかわしてしまう。  そんな彼のわたしへのかまいっぷりは、これまで以上にすごいことになっている。  そして、わたしもそれがうれしいし、望んでしまっている。  こんな状態、ぜったいにいいわけがない。  頭ではわかっている。だから、「今度こそ話すのよ。チャーリーと話をし、彼の前から去るのよ」と自分自身に言いきかせる。  意図した方法ではなかったけれど、すくなくとも王太子妃としての立場の基礎は出来ている。彼の愛する人に引き継いでも問題はないはず。  バラ園の東屋で見た彼女は、容姿は抜群だし知的な感じもしないでもなかったから、わたしよりかはまともにチャーリーを助けられるに違いない。周囲だって容姿がいい方が接しやすいだろうし。  そういうふうにわかってはいるのに、違う自分が「いまのままでいいじゃない。どうせチャーリーも話をきこうとしないのだから、このままいっしょにいればいいわよ」とささやいてくる。  忙しくはあるけれど、しあわせな一日一日をすごす。  わたしのささやかな望み。それがいまここにある。不安とともにだけれども。  そんなふうにして充実した日々をすごしているある日、チャーリーと豪華な執務室で遅いランチをとっていた。  そのとき、近衛隊の隊長が面会を求めてきたので会うことにした。  困惑気味の近衛隊の隊長は、執務室に入ってくるなり報告してくれた。  正門にボロボロの状態の男性がやって来て、「ウイルクス帝国の三大公爵家の一家、ウインザー公爵だ。ラン・ウインザーは娘だ。娘に会わせろ」と言っているらしい。門の衛兵たちは最初取り合わなかったらしいけれど、わたしの名を出していることとウイルクス帝国のいまの状況から、念の為耳に入れた方がいいということで近衛隊の隊長に報告があがってきたらしい。 「ラン?」 「ええ、殿下。おそらく、というよりかぜったいに父ですわ」  チャーリーが王太子になってから、二人きりのとき以外は「王太子殿下」か「殿下」と呼ぶようにしている。 「追い返してくださいって言いたいところですが、わたしが直接言います。殿下、よろしいでしょうか?」 「もちろん。だけど、いいのかい? 義父(ちち)上は、助けを求めに来たのではないかい?」 「どうでしょうか?」  おそらく、チャーリーの言う通りだと思う。だけど、それに応じるほどわたしはお人好しではない。だいたい、いまは悪女だし。自称、だけれども。 「いずれにせよ、おれも挨拶しておいた方がいいだろう。義父(ちち)上だからね」 「殿下、無理なさいませんよう」  チャーリーには家族のこと、もとい家族と呼べるかどうかも不確かな存在の人たちについて、包み隠さず話している。  律儀で思いやりのある彼は、何度も申し出てくれたのである。 「きみの家族を救おう」  そのように。アディントン王国の諜報員たちなら、すこし前にギルモア王国に占領された皇都から家族を救いだせるかもしれない。  彼は、そう打診してくれた。  だけど、わたしはそれを断ったのである。  正直なところ、救ってもらいたいのは家族よりも皇都にいるなんの関係のない皇都民たちである。  地位や権力に溺れ、やりたい放題していたお父様や愚か者の元婚約者たちではない。
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